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『お前は負けたんだから、俺の付き人になって、ずっと傍にいろよ』
そう言ってくれたのは、あんたが初めてだったんだ。
今日は、今日だけは後月会宇月組の組員はどこにも行かなかった。
そして、分家の頭たちも会議でもないのに全員が出席した。
いつもなら、日中暇なときは皆部屋で休んでいたり、外へ遊びに出かけたりするが。
誰もどこにもいかなかった。
なぜなら、今日次の6代目が決まるからだ。
現6代目付東澤 飛竜は、昨日、現6代目由月 茅に果たし状を出した。
5代目は、それを受理。
そして、この勝負に勝ったものが次期6代目になるという約束もした。
この決闘に参加していいのは、2人だけ。先ほどの2人だけと決められていた。
それは、誰かやる人はいないかと5代目が聞いたときに誰も名乗らなかったからだ。
今、多くの者が飛竜を支持しているのを茅は知っている。
だが、茅は6代目を渡せない理由だってあるのだ。
誰よりも、央のために。
そして、分からず屋のバカのために。
「最初に聞くが、飛竜」
広い庭で、2人は対峙した。
対峙した時に、茅が飛竜に問いかける。
飛竜はその言葉に反応しただけだった。
「後悔は、しねぇな?」
「もちろん。後悔なんてしねぇよ」
飛竜がそう言って、にやりと笑う。その笑い方を見て、茅も口角を上げた。
「じゃぁ、いいぜ。来いよ」
来いというポーズをして、戦いのゴングが鳴り響いた。
「いやぁ、あの時と同じ光景ですな」
「本当だな。懐かしい」
央の隣にいた年嵩の組員がそう言ってほほ笑む。
なぜ微笑むのかわからず、央はそちらを見た。
5代目も、姐も少し笑っている。
リルと央はわけがわからないと首をひねった。
しかし、次のわぁという声援の声に、戦っている2人のほうを見る。
「ほんと、お前って無鉄砲だよな、昔から」
「うるさい!」
ぜぇはぁと言いながら、肩で息をしているのは飛竜だけだった。
茅は、汗ひとつかいていない。
「昔、本家に来て俺と戦った時から、進歩がねぇのかよ」
「前よりは、強くなった!お前が規格外なんだ!!」
飛竜が叫ぶ。それに、茅は嬉しそうに笑った。
「で、まだくんのか?それともギブアップか?」
「するわけ、ねぇだろ!」
そう言って、肩で息をしている飛竜が右に拳を入れてくる。
茅はそれをひょいっとかわして、ついでによけたところに間髪入れずにきた足の攻撃もかわしておく。
「この、ちょこまかと!」
「俺は、痛いのは嫌いだ。と、前も言ったはずだが?」
攻撃を仕掛けているのは、すべて飛竜だった。
茅はただ避けるだけ。
ぜぇはぁと肩で息をしていても、飛竜は茅に向かっていく。
茅は、ひらりとその攻撃から身をかわす。
誰も、何も言えなかった。
飛竜が強いというのは皆が知っている。
戦うことが好きな飛竜に、今まで誰もかなったことなどない。
だから、彼が強いことは知っているのに。
その攻撃を、茅は一発も受けていない。
何より、飛竜を疲れさせることを、他の人はできないのに。
茅はそれを当たり前のようにしている。
そう言えば、茅はあまり戦おうとはしない。
誰かに狙われたら、一撃よけて、そして飛竜に全てをやらせるのだ。
皆、茅の戦闘を見たことがないことに気づく。
「そろそろ、飽きてきたな」
そう言って、茅が動いた。
右ストレートがきれいに決まる。
だが、それが右ストレートであったことを、見られたのは数人であった。
後のたいていは、それがどんな攻撃だったかわからず。
ただ、吹っ飛ばされた飛竜のほうを見る。
人がいないところに、だけれど植込みがあるところに吹っ飛ばされた飛竜は、数秒起き上がってこない。
「勝負あったか?」
クスリと茅が怪しく笑う。
その顔に、そこにいる全員が恐ろしさを感じた。
「ま、だ、だ」
そう言って、飛竜が起き上がる。
しかしそれは、もう戦えないだろうというぐらいにゆっくりで、辛そうだった。
茅は、そんな飛竜を笑っているだけ。
「言っておくけど、お前では俺には勝てねぇよ。そんなの、小2の時に教えてやったろ?」
その言葉が、飛竜の心に痛いほど響く。
飛竜は、もともと本家の人間ではなかった。
後月会羽月組の頭の次男。それが、飛竜。
兄は優秀ではなかった。だが、兄が優秀だと頭は褒めて育てていた。
飛竜が兄に勝ってしまうと、その日はお仕置きだと言って、食事が抜かれたり、頭に殴られたりした。
その頭が言うに、嫡男は強くなくてはいけないらしい。
そして、強くないといけないから、飛竜のほうが強いのは認められないと言われた。
弱肉強食の世界なのに、そんなバカなことがあってたまるか!
飛竜は小学2年生で憤りを感じ、キレて、羽月組でめちゃくちゃに暴れて出てきたのだ。
そのまま、他の組にも入り込み、そこの若を次々と倒していき。
残念ながら、飛竜はそのうちの誰にも負けなかった。
そんなとき、飛竜の耳に本家の事が入ってくる。
本家には飛竜と同じ年の若がいて、それが次期6代目。
そう聞いて、飛竜は早速倒しに行く計画を立てたのだ。
これで、次期6代目も倒したら、こんな極道は見切ってやる。
そう、心に決めて。
本家に侵入した飛竜は、そこで一番初めにある男の子に会った。
誰でもいい。自分に勝てる相手がいたら、見てみたい。
そう思った飛竜は、その男の子を若頭の前のターゲットに決める。
こちらを少し不思議そうに見ていた彼は、おそらく強くなんてない。
そう、思ったのに。
飛竜が殴り掛かった後、倒れていたのは飛竜のほうだった。
何が起こったかわからない。
けれど、吹っ飛ばされらしい自分の体が動かない。
動かない体を一生懸命動かそうとしているとき、違う場所で「若!」と呼ぶ声が聞こえる。
入ったところで会った男の子は、茅だったのだ。
「お前は俺には勝てねぇよ。俺は、強いからな」
そう言って、彼は自分を見下ろした。
そんな奴は、今までの飛竜の人生の中では誰一人もいない。
それを、彼はのうのうとやってのけたのだ。




