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「茅、何してるの?」
「いや、お前を、探してたんだ」
央が部屋に帰ると、彼は部屋の前で待っていた。
「俺、あいつの事がよくわかんないんだ」
ぽつりと茅はそう言った。
それはいつもの茅とは違う弱弱しい言葉で、央は少しだけ驚いた。
「あいつと俺は、小さいころよく一緒に遊んでた。あいつは5歳年上で、それで姉みたいに思ってた」
どうやら、話をしてくれるらしい。
香絵を避けているその理由を。
前までやんわりと聞いても答えてくれなかった。
だが、教えてくれるみたいだ。
央にできるのは、相槌を打つことのみだった。
「小さいころ、あいつは六木組から宇月組に一時期預けられてて、一緒に遊んでた。俺、一人っ子だし、香絵は、姉さんぽかった」
茅がまだ小学生にもなっていないころに、香絵は宇月組に預けられた。
それは、もちろん意図があっての事。
六木組の頭は香絵を茅の婚約者にしたかったのだ。
5代目もそれはわかっていたが、茅と香絵を合わせた。
もしかしたら、惹かれあうかもしれないと思っての事であったし、何より5代目とその姐は香絵の事を気に入っていたから、傍に置きたいという思いもあった。
六木組に洗脳されず、生きてほしいとそう思っていたらしい。
とにかく、六木組の頭の念願通り、香絵はそこに預けられ、そして茅とそれなりに仲良くなっていった。
そのころはまだ飛竜はおらず、茅は本当に香絵とばかり遊んでいたのだ。
そのうち、香絵は中学生になり、自分の組へと帰った。
飛竜が来たのはこの後で、本家に顔を出してくれる香絵に2人して遊べと言ったり、かまえと言ったりして、楽しかったのを覚えている。
しかし、香絵が中3になってから、香絵はまったく本家に来なくなっていた。
久しぶりに会いたいと言っても、何かと理由をつけてこちらに来てくれない。
小さい茅でも、わかるぐらいに避けられていた。
何故だかわからなくて、憤って、会いたくて。
「俺は、なんで香絵に会いたいのかずっと考えて、それで思ったんだ。あいつの事が好きなんだって」
央が驚いたように茅を見た。茅は、央のほうが見れないらしい。
「飛竜にもそう言われた。俺はあいつの、香絵の事が好きだって。だから、会いたいと思うんだって」
何度言っても、香絵はこちらへとやってこない。
会いたくて、でも自分から会いに行くのは気が引けて。
香絵に嫌われているのだと思ったら、怖くて。
茅は動けなくなった。
だが、会いたい気持ちは募って、それが負の気持ちになるのも、すぐだった。
若頭命令で六木組に連絡し、香絵に強制的にここにさせて。
――そして自分はしてはいけない間違いを起こした。
あの時、自分が何をしたのか今でも後悔する。
そして、その時に全てわかった。
自分は、この人を姉以外に思えない、思っていなかったということに。
その間違いを起こさなければ、自分の気持ちさえ彼はわからなかったのだ。
ただ、姉がかまってくれないと、さびしいという気持ちを、彼女に口で伝えていればよかったのに。
自分は、彼女を気付つけた。
深く深く、傷つけた。
自分の事を大切に思ってくれていたその人を、自分が裏切った。
「だから、香絵さんに会いたくなかったの?」
茅は無言だったが、恐らくそれが真実なのだ。
一通り、話を聞いて央は少し考え込む。
その間も、茅は央のほうを見ない。
「最低だろ。俺は、傷つけた人間をろくに見れない馬鹿な男だ」
「謝らないの?」
「謝って、済む話じゃない」
だって、自分は裏切った。
あんなにやさしくしてくれた人を、自分をわかってくれた人を、姉として暖かく包み込んでくれた人を。
自分は裏切ったんだ。
「でも、これだけは信じろ!俺はあいつの事は何とも思ってない。俺が好きなのは、お前だけだ」
必死に茅がそう言う。
それに、央がクスクスと笑った。
なぜ笑われたのかわからない茅はきょとんとする。
「央?」
「私、茅が私のこと好きじゃないなんて言ってないのに」
「だって、俺」
「確かに、ちょっと思うところはあるけど。でも、今は違うんでしょ?私は茅の言ったことを信じる」
「央」
これは、5代目姐に言われたことであった。
修行の初日、2人で少しだけ話をした。そこで、5代目姐は言ったのだ。
『姐が一番に何より信じるのは、頭だけよ。頭の言う事を、一番に信用し、支える。それが、姐の役目なの』
そう言った5代目姐が、まぶしくて、央もそう思う事に決めた。
だから、央は茅の言葉を信じる。
茅が今は自分の事が好きだと言ってくれていることを。
守ると誓ってくれたことを。
央にできることは、ひたすらそれを信じ、そして、支えることだけだ。
「私は茅を信じるよ。だから、茅も頑張ってよ」
「央」
「私を、守ってくれるんでしょう?」
そう言って笑う央を、茅は抱き寄せた。
いきなりの事で驚いた央は、驚いたままに茅の胸へと納まる。
「ち、茅」
「そうだよな。がんばんなきゃな」
それが、一番茅がしなくてはいけないことだ。
香絵から守れなくて、どうして他から守れるのか。
そんなことさえ失念していた自分に腹が立つ。




