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飛竜が、高条 リル‐蒼秀会の次期8代目のお気に入り‐を自分の恋人として宣言した。
それは、すぐに後月会に広まった。
茅が堅気を姐にしたいと言っているのと同じぐらいの速度で、その宣言は広まっていく。
「一体、お前は何をやっているんだ」
「何を、とは?」
後月会、分家頭六木組。
宇月組の右腕と呼ばれるこの分家は、もちろん分家の中では一番身分が高い。
その六木組で、向かい合う男と女がいた。
「何をとは、だと?とぼけるんじゃない。お前がうかうかしているから」
六木組の頭は、ずっとそう言って女を機嫌の悪い目で見ている。
女はそう見られるのをわかっていたので、すまなそうに顔を下げた。
「申し訳ありません。頭」
「まったく、お前はいつもそうだ。そう言っておけばなんでも済むと思うな」
「申し訳ありません」
機嫌が悪い頭に口答えをする気はない。
だって、しても無駄だとわかっている。
だてに、生まれた瞬間からこの男の傍にいるわけではなかった。
「お前は誰だかわかっているな?」
「はい、もちろん。私は後月会分家頭である頭の娘です」
「そうだ。お前は一番位が高い女なのだぞ」
存じております。
女はそう言って、頭の次の言葉を待った。
待たなくても、何を言われるのなんてわかっているが。
しかし、話の腰を折ることがどれだけ無駄なことかもわかっているので何も言わない。
頭は、そんな女の思惑などどうでもいいというように言い放った。
「お前は茅様の婚約者だ。堅気の娘から、若頭を取り戻せ」
「承知しました」
頭は女の言葉に少しだけ気をよくしたらしい。
そのあとすぐに、女は解放された。
「さて、どうしようかしら」
ふふっと、女は笑った。
これから起こることを、脳裏に描きながら。
「おい、聞いたか。6代目付の事」
「あぁ、聞いたぜ。さすがは6代目付。目が高い」
「本当だ。若もあの方を嫁に迎えれば堅気でも許されたものを」
暗がりで、数人の男たちが話し合っている。
誰にも聞こえないように、ひっそりと。
だが、自分が伝えたいと思う相手には聞こえるように。
「これで、6代目も終わりだな」
「あぁ、どうやら六木組も動き出すようだぞ」
「そうか、これで本当に若の時代も終わりだ」
くくっと一人の人が笑った途端、そこにいる人たち全員が忍び笑う。
小さく、でもあざ笑うかのような笑い方。
誰一人として、咎める者などいない。
「6代目付が、こちら味方ならばいう事などない」
「あぁ、あの人が6代目になればすべてが片付く」
あぁ、楽しみだ。
その光景が早く見たい。
彼らはそう願う。
それが彼らの悲願だから。
次期6代目を下し、6代目付を次期6代目にする。
それが、彼らの悲願。
そして、今一番事がうまく納まることであった。




