03
「お前、こんなところにいたのか」
不遜に言い放つのは、もはやお昼休みに必ず現れるようになった茅である。
央は、キョトンとした顔で茅を見ていた。
今日はあいにくの雨で、屋上では食べられなかった。
そんな日はいつもなら屋上に続く階段で食べているのだが。
「あ、あの、どうし、て」
ここにいるのだろう。屋上とは正反対の、化学室に。
央はできればあまり人と関わり合いになりたくなかった。
関われば、すぐに飛んでくる怯えの声に耐えられないから。
背が高いからか猫背になってしまい、顔がもともと怖いのに、眼が見えなくて目を細めるからもっと怖くなる。
暴力団と関係していないのに、していると言われ、恐れ続けられて。
一人でいることは央の防衛本能のようなものだった。
なのに、最近毎日やってくるのだ。由月茅。暴力団のトップの息子は。
できれば、関わりあいになりたくなかったのだけれど。
そうはさせてもらえないらしい。
「探したんだぞ。お前、俺の弁当はどうした」
いつも奪われるから、多めに作って持ってくるのだが。
そう、その弁当を今日は忘れてしまったのだ。
自分の分さえ忘れたのに、彼の分だけ持ってきているわけがない。
央は彼が怖かった。暴力団のトップの息子だということで怖いのに、さらに、彼は大きな声をいきなり出して怒ってくる。
それが、怖い。
眼が見えぬことで、耳を頼りにしている央は、大きな声は恐怖でしかない。
けれど彼に見つかれば、逃げる事は不可能だ。素直に弁当を忘れたことを伝える。
「ご、ごめ、なさ」
「お前、それで俺が怒ると思ってここにいたのか?」
数秒の、ほんの数秒の沈黙に耐えられずに謝った彼女への、彼の呆れた声にうっとのどを詰まらせた。
またびくっと肩を揺らしている。
怖がられていることは、茅にだってわかっていた。
暴力団の息子ということを引いても、彼女は自分を怖がっている。
それが、自分の不機嫌そうな声や大きな声にあるのだということもきちんと理解していた。
だが、性分は直そうと思っても直せないもので。
「なんだ、お前もパンなのか」
そう言って央の横の席にドスンと座る。
座った後で、この音はやばかったかも知れないと思い央を見てみると、彼女は驚いてはいたが、その驚きも茅が隣に座ったことに集約されていたらしい。
驚いてこちらを見ている顔が、なんというか。
「かわいいとか思う俺って、やべぇよな…」
「え?」
なんでもない。そう言って茅はパンの袋を開けた。
そして、ムグムグと食べ始める。
「あの、お付き、さん、は」
「飛竜?あいつならどっかで食べてんじゃね?俺たちだって別にいつも一緒にいるわけじゃねぇし」
というか、どちらかといえば両方個人主義だ。
最近は一緒にいることが多かったが、たいてい一緒にいるより勝手に一人でどこかに行くことが多い。
お付きとして失格だと言われようが、お互いべたべたする関係では決してなかったし、お互いがお互いの腕を知っているから別に心配もしていない。
飛竜が茅のお付きになったのだって、もとはといえば、5代目がもう一人息子が欲しいと言って後月会の中の違う組だった飛竜を本部に入れさせたからなのだ。
本当は息子にしたかったらしいが、飛竜がそれを固辞したため、お付きで落ち着いた。
「そ、です、か」
それ以上話題が続かない。
しとしとと雨が降っている音だけが、静かな教室に響く。
この時間が、茅は嫌いではなかった。
「あ、あの」
「なんだ?」
「どう、していつ、も」
自分の傍で食べているのか。それを聞きたいのだろう。
央を脅した日から、茅はいつも央とともに昼食を食べている。
飛竜と一緒に食べる日はあるが、たいてい一人で食べていた茅が、央とは毎日一緒に食べている。
お弁当が魅力的だから?いや、違う。
「俺、お前のこと好きなんだよ。好きな奴と食べてぇと思って何か悪いか?」
「あ、そう、ですか」
シーン。
また会話がなくなる。と、いうよりここは何かの反応を返すところだと思うのだが。
茅は一応、えらそうではあるが告白というものをしたはずだ。
央のそばにいるのは、自分が央を好きだからだと告白したつもりなのだが。
どうして無反応なんだ。
もしかして、スルーされている?
これは一大事だと茅は頭の中で考えて、また言おうとしたその瞬間。
バサッと音がして、央の手からパンが落ちていた。
「央?」
そろっと央のほうを向くと、顔だけでなく耳まで真っ赤にさせた央がパンを落とした形で固まっていた。
「央?大丈夫か?」
どうやら、遅いが、反応を返してくれたらしい。
真っ赤になって、かわいらしいことこの上ないと思う自分が、思うよりよほど彼女を好きな状態だと何故か負けた気分になった。
「あ、あう、の」
声が裏返っている。完璧に動揺しているのが、よくわかった。
その央を見て、伝わったことが嬉しいと素直に感じることができた茅だった。
「じょ、冗、談」
「で、そんなことを言う奴だと思うか?」
にやりと茅が笑う。その顔は央には見えなかったけれど、びくっと肩が震えたのはわかった。
「まぁ、そう言うことだから。屋上近くで飯食っとけよ。いなかったら、意地でも探してそこに連れて言ってやるからな」
自分は告白をされたはずだ。なのになぜ茅の言葉が脅迫に聞こえるのだろう。
わからないが、これだけはわかる。
自分は、どうやら厄介なものに近寄られているらしい。
そのことだけは。