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「へぇ、料理がそんなに楽しいんだ」
「うん。やっぱり家庭によって味って違うんだなと思って」
央は結構今が楽しい。
茅が傍にいて、候補としてでも茅の姐になることを許されて、最近では小さい子は何かと話しかけてくれるようになって。
やはり極道の子だからか、央の顔を見ても怖いと思う子はいないらしい。
それも、央は嬉しかった。
そして、もう一つはリルがいること。
央には今まで女の子の友達なんていなかった。
だから、最初はどう接していいかわからなかったのだが。
リルはとても明るくて、いい子だったので、すぐに信頼できるようになったのだ。
茅が傍にいて、茅の姐になることを半分ぐらい認められて、姐に料理の基礎を習って、5代目と茅の話をして、そしてリルともいろんな話をする。
リルは蒼秀会の若に気に入られていたらしく、極道の事を堅気にしては知っていたから、その話もしたし、昨日のテレビ番組の話などもした。
幸せで、楽しい日々。
央はきっと今が一番人生の中で楽しいと思っている。
「やっぱり味って違うんだね。面白いなぁ」
「私の家は、どちらかといえば薄い味なんだけど、宇月組は濃いんだよ」
「へぇ、昭ちゃんのところはどうだったかなぁ」
のほのほと話しているこの2人組。
こののほのほ感ではあるが、両人ともこの学校の関わり合いになってはいけない人だ。
そんな風には、どうしても見えないが。
最近、コンタクトに慣れた央は、コンタクトを常時するようになっていた。
これから、どんどん度も上げていければいいと思っている。
「でも、昭ちゃんのところは卵焼き塩辛かったなぁ」
「へぇ?私の家は甘い方だなぁ」
「私も家はそうだよ?だから昭ちゃんのところにご飯食べに言ったら、しょっぱくて」
あははと2人が笑う。
と、そこで央が教室から去っていく茅の後姿をとらえた。
「どうしたの?央ちゃん」
「茅どこ行くんだろう?ちょっと行ってくる」
いってらっしゃいとにこりと微笑まれ、央も微笑み返した。
そして、茅を追う。
「茅」
「央?どうしたんだよ」
茅は驚いていた。
今日は気分が乗らないから、今からの授業をさぼろうと思っていた。
おそらく、飛竜もどこかでサボるだろう。
だが、央は今まで一回もサボったことなんてない。
まじめな央だから、授業をさぼるなんて頭にもないだろうに。
だが、彼女は自分のところへ来た。
もうチャイムはなっている。授業も始まっただろう。
屋上で休んでいた茅には、驚きだ。
「どうした?」
「え?茅がどこへ行くのかなって」
「お前、つけてきたのか?」
そんな気配はなかったのだが。
気配があれば、自分は絶対に気づくだろう。
他の誰でもない、央なのだから。
「えと、教室出てちょっとしたらいなくなってて、探した」
探してくれたらしい。
なんだかくすぐったい。
前まで、自分の行先をみんなが気にしてきた。
どこへ行くのかなんて、何度も聞かれていた。
それは茅が次期6代目だからで、仕方のないことだったけれど。
でも、なぜだろう。央のそれは違う。
自分が、由月 茅がどこに行ったのかを知りたいというそれだ。
「すまん。お前友達と話してただろ?それにお前は授業サボらないし」
「あ、そういえば授業」
授業があることすら忘れて探してくれたのか。
茅の顔が思わずゆるむ。
いつもならすぐに消してしまうそれを、茅は消さなかった。
だって、ここにいるのは央だけなのだから。
央になら、気のゆるんだ顔だって見せてもいい。
「もうサボれ。今から行ったって、仕方ねぇよ」
「そうだね。そうする」
にこっと央が笑う。
それに、茅も笑い返した。
「あのね、茅」
央が話し出す。
それを、茅は寝ころびながら聞いていた。
央は、壁を背もたれにして座っている。
「私、最近とっても楽しいよ」
「そうか」
「うん。それに……」
クスクスと央が言葉を切って笑う。
それは思い出し笑いでもあり、考えたことに笑ったことでもあるようで。
茅がなんだよと首をひねる。
「私さ、前までの噂では極道とつながってて、私を怒らせたら一斉に襲ってくるって言われてたなと思って」
「別に、真実にしてやってもいいが?」
「それに、極道の愛人だって噂も流れてた」
クスクスとまだ央は笑っている。
茅は一瞬考え、そしてずりずりと寝転がったまま、央に近寄り、そして正座していた央の足の上に自分の頭を乗せる。
「ち、茅!」
「俺は、お前を愛人にする気はないけどな」
ふっとそう目を瞑りながら笑って言われて、央はさらに赤くなった。
ふいうちだ。
笑い話に済まそうと思っていたのに。
本当に不意打ちだ。
「俺は、寂しかった」
「え?」
「最近。お前は姐修行だの、友達だのに忙しそうだったし」
「そ、れは」
「俺を信頼するのには時間かかったのに、高条 リルはすぐに信頼した」
それは、確かにそうなのだ。
茅を信頼するしないで、あれだけ時間を取っておいて。
リルの事はすぐに信頼できた。
でも、それは。
「だって、茅がいたから」
「は?」
思わず茅が目を開ける。
央の顔は、まだ赤い。
「茅が、最初に信頼させてくれようとしたでしょう?だから、他の人を信じられるようになったの」
央は、茅のほうを向いていない。
恥ずかしいのかそっぽを向いているが、耳が真っ赤だ。
あぁ、こんな不意打ちひどすぎる。
本当に、いつまでたっても自分は央には勝てないだろう。
「そっか。なら許してやるよ」
「う~。茅機嫌治ったの?」
「そりゃ、恋人にそこまで言われたらな」
「それで機嫌悪かったの?」
「恋人を他のに取られたら誰だって腹立つんじゃね?」
クスクスと今度は茅が笑う。
そこは、そこだけが優しい空間だった。
「結局、あの2人サボったのね」
「そうみたいっすね」
その時間が終わって、リルは飛竜に話しかける。
飛竜は授業中爆睡していたが、授業が終わったら自然に起きた。
転校まもなく関わってはいけない人に認定されたリルには話す相手が3人しかいなかった。
今はそのうちの2人はいなかったので、もう一人に声をかける。
ちなみに、彼に声をかけて反応が返ってきたのはこれが初めてだ。
「央ちゃんは茅君の事好きね」
「若も、好きですね」
「央ちゃんの名前、呼ばないの?」
彼女はいきなり核心をついてくる。
飛竜はその言葉にニコリと笑った。
「恐れ多くて」
「ふうん」
にこりと笑っても、拳は握っている。
その拳を見て、リルはクスリと笑った。
「飛竜君って、疲れる性格だね」
「は?」
意味が分からない。
そう飛竜がリルのほうを見る。
リルはまたニコリと笑って、飛竜に言う。
「なんか、飛竜君って大人そうに見えて、こどもみたいな性格だね」
その時、確かに飛竜の時が止まった。




