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現代ファンタジア 第1章  作者: 草野 雅
現代ファンタジア
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この角を曲がったら、きっともう二度とは戻れない。

そう知っていたから、曲がることが怖かった。

けれど、ここで怖がっていたままでは欲しいものはきっと一生手に入らない。

だから、勇気を出してみよう。

怖いのは今だけ。

だって、彼はきっと守ろうとしてくれるはずだから。

だから、大丈夫。

この角を曲がったら、きっと二度と戻れない。

だから、この曲がり角を自分は曲がるのだ。

決して後悔しないよう。

―――逃げようとする自分に、勝ちたいから。

   そして、守ってくれる人に気持ちを返すように。


「こいつは、俺の彼女だ。俺の、姐にする」

言ってしまったら、もうきっと2度と戻れない。

そんなこと、2人には今更なことだった。



「なに言ってんですか、若頭」

やはり、最初にかみついたのは後月会宇月組の右腕存在である六木組むつき頭だった。

六木組は、強い。

そして、六木組の頭は絶対に一番茅と央を認めない。

茅には姐と妹がいない。そして六木組には娘がいる。

それは、六木組の娘が5代目の姐以外の人間で一番位が高いことも意味していた。

5代目、5代目姐、6代目お付、そして六木組の娘。

その4人が承認すれば、茅と央は晴れて夫婦になれる。

しかし、5代目や5代目姐、6代目お付を茅が説得できても、きっと六木組の娘は説得できまい。

それは、六木組の娘が、六木組頭に絶対服従を言い渡されているからだ。

ぐっと、茅はこぶしを握った。

「何を言っている、とはなんだ」

「本気ですかな?その娘は見た目はともかく堅気でしょう?」

「それがどうした」

茅がいつも通りの顔を崩さない。

央は、茅の隣で少し固まっているようだった。

それは緊張か、それともおそれなのかはわからない。

「若頭、軽々しく堅気を恋人宣言しないでいただきたい。ここにいるのが頭衆や宇月組員だから許されるのですぞ?」

「俺は、お前の組に言っても同じ報告をするつもりだ」

若頭!と誰かが叫ぶ。

その声に、茅はうざったくうるさいと言うだけだった。

どうすればいい?

もう戻れはしない。

けれど、ここで説明してもきっと埒が明かない。

あちらは怒っているし、央は固まったまま。

切り抜けられるか、わからない。

「こいつは、遊部 央。俺の、姐にするやつだ」

切り抜けられるなんて、簡単には思ってはいない。

だって、ここにいるのは自分よりも長く極道をしている人たちだ。

そんな奴らに、真っ向から言って勝てるとは思っていない。

だが、負ける気なんて全くなかった。

茅が顔を上げる。

そして、何かを言おうとしたとき。


「あら?みんな何をしているの?会議が始まるわよ」

おっとりとした声で入ってきたのは、姐だった。

茅がお袋と、ぼそっと言う。

「茅も何をしているの?用意はできたの?あぁ、飛竜は何をやっているのかしら。ほら、早く支度なさい。あなたはいつも」

「お袋!今はそれどころじゃ」

この母は、いつも周りの雰囲気など読んでくれない。

少し前の言葉で言うなら、KYだ。いや、あえて空気読まないからAKYか?

とにかく、今はそんな話をしている場合じゃないのに、そんなことをのほほんと言う。

「まぁ、ではみなさん遅れるということでいいのね?5代目にみんなは遅くなるから待っていてくださいと伝えてくるわ」

それを聞いて、他の頭衆が動いた。

5代目は、怖い。そうインプットされている者から動いていく。

いつも温厚そうな父親しかあまり見ない茅は、父親がどうして怖いのかよくわからないが。

「命拾いしましたな、若頭」

そう言って、六木組の頭もみんなが去ってから歩いていく。

5代目を待たせるわけにはいかないのだ。


「さぁ、茅。あなたも行きなさい。その子は私が見ておいてあげるから」

「お袋」

「ふふっ!央ちゃんっていうのね。初めまして、茅の母です」

「あ、遊部 央です」

「茅、何をしているの。行きなさい」

央には穏やかに笑って、そして茅には威圧的に。

茅は母親にそういわれてやっと動いた。

央に後でとだけ言って、走っていく。

「まさか、本当に来るとは思わなかったわ」

くすくすと茅の母親が笑う。

それに、央はいささか緊張したように言う。

「今日来なければ、一生、許してもらえないって、わかっていたから」

「えぇ、そうでしょうね。今日来なかったら、あの人は決してあなたを茅の姐に認めなかった」

ニコリと姐が笑う。

その笑みは、ふんわかしていても、侮れない笑い方だ。


「よく頑張ったわね」

「え?」

「5代目も素直じゃないからね。あぁみえて先ほどまでずっと心配していたのよ?あなたは来ると思っているけれど、やっぱりそこまで迎えに行こうかって」

ふふっと姐が笑う。

姐は先ほどの笑みとは違う本当の笑い顔だった。

先ほどの5代目との会話を思い出して、笑っているのだ。

と、言うのも。

実は5代目は茅の本気と央の本気を見て、二人の仲を認めていた。

いつも、息子には幸せになってもらうのだとそう言っていた5代目だから、心底嬉しいことだったのだろう。

央と会った日、5代目はその場で飛竜には聞こえないように央に言った。

『実は次の日曜日に本家会議があってね。そこできっと君と茅の話になる』

ニコリと笑う5代目は、やはり茅とは似ていない。

『君は、はたして本家まで来られるかな?』

にっこりと笑う5代目。むっすりとする茅。

顔の表情はまったく似ていないが、どうやら性格は似ているところがあるらしい。

有無を言わせない、命令口調。

5代目の言葉は優しく聞こえても、どうなるかわからないという脅しさえ含んでいた。

だから、央は来たのだ。

話している途中で、表情を崩して勝ったとは思ったが。

でも、これを乗り越えないと本当に勝てはしないのだと。

そう思ったから。

「あの人、あなたの事をずっと褒めていてね。会ってみたかったの」

人の事を5代目が褒めることはそうない。

息子である茅なんて、きっと褒めたことはないだろう。

そんな5代目が手放しで褒めるなんて、すごいこと。

だから、姐は決めたのだ。5代目が選ぶ人を、自分も選ぶと。

「さぁ、ここではなんだし行きましょう」

そう言って姐が歩いていく。

その姐に、央はなぜだか泣きそうになった。

寂しいんじゃない、悲しいんじゃない。

ただただ、嬉しかったから。

敵ばかりのところに来る。それだけで怖かったのに。

来てよかった。

だって、来なければこの人たちを失望させていたのだから。

だから、自分は決して間違っていないのだ。

そう、自信を持つことができたから。

先に行く姐の背中に、ぺこりと一度深くお辞儀して。

央は姐に付いて行った。



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