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「おいこら、飛竜!」
完璧に怒っています。
そういう言い方をして、茅は飛竜を呼び止めた。
怒られていても、飛竜は飄々として茅のほうを見る。
ニコリと笑っているその目は、実は案外笑っていなかったりする。
「なんです?若」
「お前、ふざけてんじゃねぇだろうな」
はて?今度はきょとんとした顔をする。
いつも不機嫌顔の茅と違って、飛竜の顔は器用だ。
本当はなんで茅が怒っているのかをわかっているくせに、きょとんとした顔をする。
くるくる回る飛竜の作り顔が一番わかるのは茅だろう。
5代目でさえ、その顔に騙される。
そして、一番わかる茅でさえ騙されるのだ。
「ふざけてるって、なんでです?」
「お前」
「俺は、若のためを思ってやったのに。それを否定されるなんてかわいそうじゃないです?」
本人、まったくかわいそうだとは思っていないくせにそんなことを言う。
ちなみに、飛竜の顔は器用だし、感情でさえも器用であった。
茅は、飛竜の顔がわかっても、感情まで合わさるとよくわからなくなる。
まぁ、今のようにわざとだとわかる言い方ならもちろん理解できるが。
そういう点で、飛竜という人は良くわからない人だった。
「組員に、噂が流れてる」
「噂?」
「俺が、堅気の彼女を作って、そいつを姐にしたいと」
飛竜の口角が上がる。
それを見て、茅の眉毛も吊り上った。
どうやら、本当に怒っているらしい。
だが、それでいいと思う。その方が、事が早く終わるだろう。
「人間の噂力って、すっごいですねぇ」
「飛竜!」
「俺が流した噂は前半だけ。後半部分は流してませんからね」
だから、後半部分は誰かが付け足した部分だ。
まぁ、誰かはわからないが、きっと聞かされた人は皆思ったはずだ。
あっさりと自分が流したと白状する飛竜に、茅は憤る。
きちんと、自分が話をする予定だったのだ。
来週の本家幹部の会議で、きちんと話をする予定だった。
なのに。
どうして先にそんな噂を流すのか。
先に流されたら、央の存在がみんなに知られてしまう。
堅気の彼女。――――許してもらえるはずがない。
「央を、危険な目に合わせるだろうが」
茅は、飛竜の前でしか央の話はしたことがない。
それは、組員に早くに聞かせたくなかったからだ。
早とちりされたら、央に危害が加えられる。
そんなこと、茅には耐えられなかったから。
だから、内密に、その日まで言わない予定だったのに。
飛竜は、その茅の思いを知っているはずだ。
そして、その方が賢明だろうということも。
わかっていて、噂を流した。
「若、あんたってほんと自分の立場もあの人の事も全然わかっちゃいない」
あぁ、俺の事も全然わかってませんね。
最後に飛竜はそう言う。
茅は一瞬だけぽかんとしたが、すぐに飛竜を睨み返した。
「あんたが誰だかわかってる?あんたは、この地区では有名な極道のトップの息子で、次期6代目なんだけど?それを、きちんとわかってる?」
茅は押し黙った。
飛竜はそんな茅などは見ず、続ける。
「あんたの行動なんて、逐一ほかの分家のトップに伝えられてる。今まで静観されていたのは、まだ彼女じゃなかったからだ」
もっともな言葉だと、茅は唇をかむ。
飛竜の言う事は、もっともで何も言い返せない。
「でも、あんたはあの人を彼女にしちまった。それが、どれだけ彼女を危険な目に合わせるか。きちんとわかってるはずだろ?馬鹿じゃないんだから」
「でもっ、噂なんて流したら、肯定しちまうだろ!」
「噂なんて、一番あてにならない言葉。だから、流したっつってんだろ!」
茅と央が付き合っている。
それは、まだ分家のトップや本家には伝わっていないはずだ。
だって、付き合ってからまだ5時間ぐらいしかたっていない。
だからこそ、飛竜は噂を流した。
噂なら、真偽を確かめなければならないと皆が動くと知っているから。
情報なんて、攪乱してやればいい。
一週間後の本家会議など待っていられない。
その時までに肯定を取られたら、央は殺されるかもしれない。
学校で張り付いていても、守れるのは学校のみ、央の日常までは守れない。
だから、一時噂として流したのだ。
噂なら、偽の情報かもしれないと皆思ってくれるから。
だから、だから。
まだ、分家たちが攻撃を仕掛けてくるのならいい。
それなら、自分たちには戒めがある。
『堅気には手を出さない』
そういう戒めが、あるから。でも、他の組は――――。
茅は、極道の世界では有名だ。
後月会は大きな組織だし、4代目がとても有名だったから。
もちろん良好な友人関係である組もある。
でもそんな組はほんの一握り。
他の組に、央を狙われたら、守りきる自信なんて、茅にだってない。
後ろ盾も何もない央なんて、すぐに殺されるだろう。
それを、茅はわかっていない。
「なぁ、恋に浮かれるのもいいけど。きちんと周りを見ろよ。あんたが誰であるかきちんと思い出せよ!」
「飛竜」
「この際だから言っとくけど。俺だってきちんと認めたわけじゃねぇから」
飛竜は、央の名を一度も呼んだことがない。
遊部という苗字も、央という名前も。
一度も呼んだことなんてない。
それは、認めていないという証拠。茅の恋人とは認めないという意思の表れ。
認められるはずがない。
央が茅の恋人になるということは、央が姐になる可能性を秘めているという事。
姐になるということは、極道のトップの次に偉い人になるという事。
あの人が、そんな存在になれるとでも思っているのだろうか。
いつもびくびくして、自分は弱い人間だと体で言っている。
そんな人を、自分の上になど立たせたくない。
これは、後月会次期6代目由月 茅のお付、次期6代目付 東澤 飛竜の本音だった。
「飛竜」
「俺は、認めねぇ。それに、俺はあんたが次期6代目だっていうのだって、認めてねぇからな」
睨むように茅を見るその瞳は、間違いなく茅の心を打つ。
飛竜は、そう言ってその場を去っていく。
これ以上、話していても無駄だろう。
「これで、よかったんだ」
ぼそりと、飛竜はそう言って、自分に与えられている部屋に入る。
「俺は、なんだってやりますよ。なんだって。俺の、愉快なことのためなら」
飛竜はぽつりとつぶやき、そして表情を変えた。
にやりとつもの飛竜に。
「さて、うるさいハエどもを黙らしに行きますか」
ワクワクとしたように飛竜は部屋を飛び出した。
飛竜は、自分で自分の性格がゆがみすぎていることを知っている。
その歪みのせいで、彼はいつだって自分の本当の気持ちがわからない。
自分の気持ちがわからないほど、彼の性格はゆがみに歪んでしまったことを、知っている。
―――だが、それが悲しいことだとは、飛竜はまったくわかっていなかった。




