16
央を守る。
茅は央の過去を聞いてから、強くそう思った。
それは、もしかしたら同情かもしれない。
けれど、同情かもしれなくても、この自分に同情という情をかけさせるだけで、彼女は特別だと言えるのだ。
立場柄、同情を簡単にしてはいけない。
同情は時に人を殺すから。
だから、同情なんてしないよう、心を殺しながら生きてきた。
でも、それでも自分は彼女に同情したのだ。
それは、茅の中では奇跡といってもいい。
だから、決めた。
守る。自分の力をすべて使い切ってでも。
そう、決めたのに。
「おい、飛竜」
「なんです?若。すっご~く不機嫌そうで何よりです」
顔に俺は不機嫌なんだよ、文句あんのかと書いてある茅を見ても、飛竜は自分のスタンスはくずさない。
なぜなら、それは飛竜がそういう性格だということもあるし、何より飛竜は茅が不機嫌な理由がきちんとわかっていたから。
「央はどこ行った」
「知りませんよ。さっきまでは席にいたじゃないですか。先に屋上に行ったのかもしれませんよ?」
「いなかった」
「へ?もう見てきたんですか?」
主の行動力に思わず笑いそうになる。
本当にべたぼれらしい。
自分はこんなに人を好きになったことはないから、よくわからないが。
「いつも食べる場所にも、教室にも、化学室にもいねぇ」
「若、ストーカーチックですよ」
「この俺から、逃げられると思ってんのか。あいつ」
現に、逃げられている。
そう思えば、なんとなくだが、央はいつもと違う雰囲気だったと飛竜は思い出す。
朝、茅がおはようといった時もしどろもどろだった。
いつも、多少はしどろもどろで話すので気にしていなかったのだが。
もしかして、何かあったのだろうか。
「で、探しに行かないんですか?」
「行くに決まってんだろ!」
そういって、ずんずんと鏡中の帝王は歩いていく。
彼が歩くのを妨げるものはいない。
機嫌が悪いと顔に書いてある彼に、近づく勇者など自分ぐらいしかいないから。
「それにしても、どうしたんだろ」
飛竜は、わけがわからずに首をかしげた。
「あぁ、どうしよう」
茅がきっと探している。
央はそう思っているが、どうしても茅に会えなかった。
なぜなら。
「お父さんがあんなことを言うから」
昨日、久しぶりに父親と買い物に出た。
それは、茅へお礼のプレゼントを買いに行ったのだが。
プレゼントでさんざん悩み、父にどれがいいかを逐一聞き、そして一つにしぼるのに苦労した。
そんな感じで選んだプレゼントを彼は気に入ってくれるだろうかと思っていたら、父親が言ったのだ。
『央、茅君っていう子がとても大好きなんだな』
その言葉は、央が初めて聞いた言葉だった。
友達は一人もいなかった。
自分のこの容姿は昔から少しずつ恐れられていたし、何より央自身人が怖いとそう思っていたから。
だが、茅はそんなところを平気で乗り越えてきて。
一人でいた時が思い出せないぐらい、茅が隣にいることが当然になってきて。
そんな自分に気づいたから、お礼をしたいと思った。
そんな央には、その言葉は初めて聞いたものだったのだ。
『央、茅君がとても大切なんだな』
父親がそういう。
それを、央は必死で否定した。
友達だから、大好きだし大切なのだと。
なぜ、自分がこんなにむきになるのかわからないほど、むきになっていた自覚もある。
父親は、そんな央を慈しむように見て、そして言った。
『じゃぁ央、茅君の隣に央じゃない女の子がいたら、どうする?』
そんな言葉を言われて想像する。
どうしてだろう。胸がチクリと痛んだ。
見たことはない。
だけれど、きっとある未来だ。
このまま、茅と友達でいたら、きっと見てしまう未来。
その未来を、央は見たくなかった。
『央、大丈夫だよ。茅君なら、大丈夫だよ』
そういって、ニコリとほほ笑んでくれる父親に、央は泣きたくなった。
央は、わかっていたのだ。
心の底で、央が茅に惹かれていること。
茅が自分の事を好きだと言ってくれて、本当にうれしかったこと。
その時すでに、央も茅の事が好きだったから。
でも、央は人が怖かった。
信じられる人は、自分の今の両親以外には誰もいなかった。
大切な人を作るのが、央には恐怖で。
恐怖でしかないから、だから奥底に仕舞い込んだその気持ち。
父親は、それを大丈夫だと言った。
央が信じられた人だから、だから大丈夫だと。
「あー、うー」
唸ったって、何も変わらない。
再度自覚してしまった気持ちは、もはや奥底で秘められてはくれなかった。
朝、茅を見ただけで声が裏返って、つっかえた。
いつも自分は話すときにしどろもどろだったから、気付かれなかったと思うが。
それにしても、茅を見るだけで、ドキドキして止まらない。
それがばれるのが怖くて、央は茅を置いてきたのだ。
気持ちには気づいた。
茅が大丈夫で、信用できる人だとは思っている。
けれど、央には彼を信頼できる人だと認める勇気がまだなかったのだ。




