15
「次期6代目、――お願いがあるんです」
女性の目は、まっすぐに茅を見る。
茅はそれをきちんと見返した。
いつもの傲慢な態度ではなく、ただ、見極めるために。
「なんだ?」
「あの女は、また央ちゃんの前に現れるかもしれない。央ちゃんを、守ってやってくれませんか?」
「なぜ?」
「え?」
もちろん、断られる可能性も考えていただろう。
女性は、とても頭がいいのだから。
だが、実際にそう言われると詰まってしまう。
だが、あきらめるわけにはいかないのだ。
「先ほども言った通り、あの女は極道と関係を持っている。あちらでは有名らしい、極道の人らしいんです」
「それで?央を守って、そこと喧嘩しろって?」
茅の声は冷たい。
女性はそれに少しだけひるんだようだった。
「言っとくけどな、俺は次期6代目として守らないといけねぇもんがあんだよ。その中の一つに、後月会っていうのがある。有名な極道って言ったら、何個か名前は上がるけどよ、その一つとうちがけんかしろっていうのか?」
「で、も」
「俺は、組員を守るのも仕事なんだよ。一人の女にかまけてる時間なんぞ、ねぇ」
ぐっと、女性がこぶしを握る。
茅は、それを見てはぁっとため息をついた。
「まかせとけ」
「え?」
女性がぱっと顔を上げる。
そこには、にっと笑った茅がいた。
冷たい顔は、どこかへ行ってしまったらしい。
「一人の女にかまけてる時間はねぇ。だが、好きな女ひとつ守れないなら、次期6代目としての名が廃る」
傲慢に、けれど強い瞳で。
「俺は、確かに傲慢だし、自分勝手だし、高飛車だけどよ」
茅が飛竜の頭を殴った。
何か、小声で言ったらしい。
だが、茅の瞳はまっすぐだった。
「俺を夢中にさせるのは央だけなんだぜ?」
にっと茅が笑う。
その瞳に、女性は悔し泣きではない、泣きそうな顔をする。
「若、後月会宇月組の信念は?」
「堅気には手を出さない。守ると決めた女は何が何でも守りきる、だ」
「そういう事です。なので、ご安心ください」
にこっと飛竜が笑う。
こういう時、茅は笑えないから飛竜がやってくれて助かる。
茅の顔は、優しく笑うようにはできていないのだ。
「あ、りが、とう、ご、ざいま、す」
女性は、もう泣いていた。
ぽろぽろと泣く姿は、みっともなくなんてない。
今まで、守ってきた人の安堵だ。
「まかせておけ」
そういって、勘定を持って茅は歩いていく。
飛竜もそれに続いた。
「若」
「なぁ、飛竜。やっぱりまずはうちの組員を説得するところからだよなぁ」
うーんと、喫茶店を出てから唸っている茅に話しかけると、帰ってくるのはやはりなことだった。
「まぁ、そうですねぇ。きっと分家は何か言ってくるでしょうし」
見えないけれど、央はれっきとした堅気だ。堅気を嫁にするなんて!と言われることは目に見えていた。
だが。
「それでも、守ってやりたいんだよ」
「えぇ、若はそういう人ですから」
一度懐に入れると、大切にしてくれる。懐に入るのは難関だが、だが彼の懐には入る価値がある。
飛竜はいつもそう思うのだ。
「俺も手伝いますから」
「当たり前だろ」
まずは組員を説得して、それから――。
ぶつぶつとつぶやきながら今後やることを考えている主の姿に、飛竜は笑う。
本当に、彼女を大切にしているのだとわかって、その人に巡り合えたことに感謝する。
飛竜は、本当に央に感謝しているのだ。茅をここまで変えてくれた、彼女に。
だから、2人の応援をしたいと思っている。
「若、一ついいですか?」
「なんだよ」
茅は考え事を止められて、少しだけ眉をひそめる。
ちなみに、飛竜は彼の懐に入っているのでこれぐらいで済んでいるのだ。
懐に入っていない人なら、まず話は聞かないし、最悪機嫌が悪いとぼこぼこにされる。
だから、飛竜はいう事ができる。
茅が今一番やらないといけないことを。
「まず、若と彼女って付き合っていましたっけ?」
答えはもちろん。
――――――Noである。




