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『ママ?』
『ママって呼ばないでくれる?』
昔から、その人を思い浮かべるときはこのやり取りが思い出される。
その人は、確かに自分の実の母親なのに、自分の事を母とは呼ぶなという。
この人は、自分の事が嫌いなのだ。
幼いながらに央は察していた。
それでも、自分の実の母親であることに変わりはなく。
愛情が欲しかった小さい央はその人をママと呼んではついて回ったりもした。
だが、そのたびに出てくるのは罵倒や怒鳴り声。
だが、央はあきらめなかったのだ。
それが、悲劇の始まりだったのかもしれない。
「あの女と透哉さん、央ちゃんの父親が出会ったのは、大学時代だと聞いたわ」
大学時代、派手でスタイルのいい、いかにも遊んでいますというような風貌の女と父親が出会ったのは、合コンだったという。
父親はその時彼女がいて、行きたくないといったのに人数合わせで入れられた。
派手な女、そんな印象だった女を父親は苦手としていた。
合コンでもいかんなくその派手さと傲慢さを発揮したその女に、この合コンに来てやはり無駄だったと思ったという記憶が残っている。
父親はどちらかといえば派手なタイプは苦手で、豊満な胸を押し付けてくる女に辟易した。
何故だか、気に入られてしまったらしい。
何も話さず、自己紹介後はひたすら壁に徹していたのに。
それが、いけなかったのかもしれない。
とりあえず、気に入られ、2人でどこかへ行こうとまで言われて、父親は耐えきれなくなり去っていこうとした。
だが、その女は見逃してくれなかったのだ。
恋人がいると言ったのにホテルに連れ込まれ、女がシャワーを浴びている間に逃げ出した。
それも、悪かったのかもしれない。
プライドが高く、自分勝手な女は大学で噂を流し、その上父親の当時の彼女を脅した。
「まぁ、その彼女さんはその女のいう事を真に受けて、透哉さんと別れちゃったんだけどね」
「へぇ、今後の参考に何言ったのかとか聞いちゃいけません?」
「ホテルに入ったって言ったらしいわよ。それで、想像できちゃうでしょ?しかもよかっただの、なんだの言われたらね」
「あぁ、つまり遠まわしにお前の男と寝たからって言ったわけですね?」
「そういう事よ。しかも、その女、極道ともつながりがあってね」
それが、最悪だったのだ。
父親は振られた上に、その女に付きまとわれた。
「しかも透哉さんっていい人だから」
その女に付きまとわれて関わりができてしまい、その女の悩み事まで話されて、放っておける性格の人ではなかった。
誰かにしつこく追い回されているのだとか、自分の事を好きだと襲ってくるやつがいるだとか。
とりあえず、なんだかんだ言いながら父親に相談し、父親はそれを聞いてかわいそうになったのか、それからは普段通りに話すようになっていった。
「わぁ!最悪。いい人って、かわいそうな運命に立たされること多いですよね」
「飛竜、いちいち口をはさむな。話が長くなるだろ」
茅が不満げに口を出す。
別に央の本当の両親のなれ初めなんて聞きたくないのだ。
彼が聞きたいのは、央の事だけであった。
「じゃぁ、ちょっと略すわ。とにかく、なんだかんだ言いながら、透哉さんはその女を捨てておけなくて、挙句の果てに、できちゃったから結婚しろって言われて素直にしちゃって、それで央ちゃんが生まれちゃったわけ」
「それって、透哉さんは本当に父親なんですか?」
「それは本当よ。あの女、透哉さんと付き合っているときは他の男に手は出さなかったって言っていたし、央ちゃんと透哉さんって、似ているし同じ血液型だし、DNA検査だって証明してくれてる」
主に口をはさむなと言われようが、飛竜には知ったこっちゃない。
普通に、話に入ってきた。茅はあきらめたようだ。
「とにかく、央ちゃんが生まれたの。写真を見せてもらったけれど、かわいかったわぁ」
その話に茅は少しだけ耳を動かした。
「かわいかったのか?」
「えぇ、今度見せてあげますよ」
央ちゃん、嫌がるだろうけど。
くすくすと笑う女性は、頭がよくて助かる。
若ったら、抜け目ないなぁと、飛竜が大笑いしていた。
「まぁ、それはおいておいて。央ちゃんが生まれて少しした頃から透哉さんが忙しくなっちゃって、家にあまり帰れない日々が続いたの」
上司がいきなり辞めてしまい、それでてんてこ舞いになったのだ。
しかも、悪いことにそれが落ち着いたと思ったら、転勤を言い渡された。
女は、ここを動きたくないといい、透哉は単身赴任になった。
「不幸が、不幸を呼んでしまった。央ちゃんを守れる人が傍にいなくなってしまった」
女は央を生んで、父親が忙しくなってから少しずつ変わっていた。
それに、父親は忙しさで全く気付けなかった。
「まだ透哉さんが単身赴任する前までは面倒きちんと見ていたのよ。帰ってきた透哉さんは必ず央ちゃんを見に行ったらしいから。央ちゃんに何かあったら察せられた。でも、単身赴任したら…」
誰も央をいる人はいない。
そう、その女以外は。
それが、央への虐待へと移行してしまったのだ。




