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「そうね、話があります」
にこっとまた笑う母親は、器用だと思う。
楽しくなくても笑える人を、茅は胡散臭い目で見るだけだ。
茅は、だいたいが不機嫌そうな顔で過ごしているから、あまり笑うということはしない。
だが、目の前にいる人は、笑うことでいろいろなことを考えているのを隠している。
どこか、自分の母親と似ているかもしれない。
「そうだろうな。この俺が誰だかわかって声をかけてきたはずだからな」
「えぇ、初めまして。後月会次期6代目」
ニコリと、その人はまだ笑みを崩さない。
すごい人だと飛竜は感心した。
誰だって、自分たちのような人とはなるべく関わりあいたくないだろうに。
目の前の人は、関わっても勇敢に笑ってみせるのだ。
「央ちゃんと最近仲良くしてくださっていると」
「敬語はいい。用件だけ話せ」
茅は面倒臭そうに話す。
そんなんじゃ、娘さんをくださいって言えませんよぉ~と、飛竜は心の中でツッコンでおいた。
茅は、とても機嫌が悪いし、話を折られたら暴れるだろう。
それは、飛竜にとってはとても面倒くさいものだ
「では用件だけ。央ちゃんをよろしくお願いします」
確かに。
その人は用件だけを簡潔に言ってのけた。
つまり、それは一番言いたいことなのだろうけれども、だが、簡潔すぎて何を言いたいのかはさっぱりわからない。
茅の顔に怒りのマークが浮かび上がってきた。
これは、もしかしなくても爆発するのだろうか。
そう思って、止めようと飛竜が口を開こうとしたとき。
「最近、央ちゃんがとても嬉しそうなんです」
「は?」
「央ちゃん、見えないことでとても悲しい顔しかしなかったから」
央の話が出て、茅の爆発はいったん止められた。
この女性、結構すごいかもしれない。
「でも、最近とても明るい顔をするようになって、聞いたら、あなたの話が出てきた。
いや、あなたの話しか出てこなかった」
女性の言葉に、茅は気をよくしたようだった。
茅は央にべたぼれだ。
自分の話が出たというあたりに、かなり喜んでいるに違いない。
「央ちゃんは昔、母親に虐待を受けています。それで、目が見えなくなった」
「は?」
目の前の人は、母親じゃないのか。
母親だと確かに言っていた気がするのだが。
だとしたら、彼女が虐待を?
一見だが、そんなことをするような人でないことぐらいすぐにわかるのに。
そんな2人の反応を見たのか、女性はくすっと笑った。
「私、央ちゃんの実の母親ではないんです。再婚して、央ちゃんの母親になったから」
「そうなんですか」
それは、飛竜の情報には載っていなかった。
学校にある情報ぐらいしか彼は調べていない。
「じゃぁ、央は実の母親に虐待されたのか?」
「えぇ、その通り。あの人は……。今思い出してもむかっ腹が立つ!」
いきなり、怒りを露わにした女性により、その人が央の実の母親をよく思っていないことはすぐにわかった。
だが、2人には至極どうでもいいことだ。
「私は、あの女の事を一生許すつもりはない。透哉さんを傷つけただけじゃなくて、央ちゃんにまで手を出して」
女性のカップを持つ手が震える。
それは、怒りに震えている姿で、爆発するのを必死に抑える姿だった。
「あなたは、央ちゃんの事が好きですか?」
いきなり言われた言葉。
目の前の女性は、いまだに怒りに手を震わせていたが、それでも理性はあるらしい。
茅は、それに感心しつつ、感心したからこそ、言葉を発した。
「あぁ、俺はあいつが好きだ。だから、話せ。あいつに昔何があったか」
それを知らない限り、央は決して自分の手には落ちないだろう。
央を好きでいる限り、知らなければむやみに央を傷つけてしまうのだ。
それだけは、どうしても茅は避けたかったから。
そして、どうして彼女が自分に話してきたのかの理由もわかるから。
「お父さん」
「なんだ?央」
久しぶりに早く帰ってきた父を、央は呼び止めた。
父親は、自分にはとても似ていない。
自分は、性格は、父親に似ているが容姿は誰に似ているのかよくわからない。
「男の人って、何をあげたら喜ぶかなぁ」
「え?央、男にプレゼントをやるのか?」
「最近、お世話になっている人がいて、その人にお礼がしたいんだ」
「あぁ、同じ年か?」
「うん、あぁ、でも、彼は何でも持っているかもしれないなぁ」
うーん、と央が考え出す。
それを見て、父親は苦笑した。
父親、透哉は、央が誰のプレゼントを選んでいるのかを知っている。
昨日、妻である美香に聞いていたから。
ちょっと、昔の話をしたい人がいるのだけれど、いいかしら?
そう不安そうに聞いてきた美香に、話を聞いてOKをだす。
人を見る目がある美香だから、きっと大丈夫だろうし、それに彼の立場は後々、央を守る上では都合がいい。
そう、都合がいいのだ。
「悩むぐらいなら、お父さんと一緒に出掛けよう。一緒に選んでやる」
「本当?でも、お母さんが」
「あいつはしばらく帰ってこないよ。行くぞ、用意して来い」
にこっと笑う父親に央もにこっと返して。
用意をするために部屋に行く央の後姿を見る。
自分には似ず、誰に似たのか強面に入る姿をする央。
確か、自分の祖父がごつい人だったからその人からの隔世遺伝かもしれない。
女の子に隔世遺伝しなくてもいいのに。
父親はそう思って、忍び笑う。
そして、少し忌々しげに舌打ちをした。
央は大好きだし、愛しているが。
あの瞳だけは嫌いだ。
だって。
その瞳はあの女とそっくりだから。
自分ならまだしも、愛しい娘まで傷つけた。
あの、忌まわしい女に。




