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「央ちゃん!」
一緒に帰ろうと誘われ、央は頷く。
目がよく見えるようになったから、感覚がつかめないでいるのを茅はわかっているのだ。
だから、一緒に帰るぞと言われた。
飛竜も後ろから付いてきて、3人で帰ろうと校門をくぐろうとしたときだった。
ふと、呼び止められて、央が驚いた顔をする。
「お母さん」
そういうからには、母親で間違いないだろう。
かなり若い母親は、若づくりしているといっても、自分たちの親にしては若すぎる気がしないでもない。
「買い物して近くまで来たから待っていたの」
ふわりと笑う彼女は、央と全く違う、正反対のかわいらしい容姿を持った女。
小柄で、栗色の髪をしていた。
「あら、お友達?」
珍しいとじろじろ見られる。
こんなふうにぶしつけに見られたことのない茅は、どうしていいか分からない。
「あの、前に、言った、弁当、の」
「あぁ!茅君ね。はじめまして。央ちゃんがお世話になっています。央ちゃんの母親です」
「あぁ、はじめまして?」
いきなりで飲まれたのか、茅の反応は薄い。
央は慌てたように母親に言った。
「あの、美香さん」
「お母さん」
「お母さん、どうしてここに」
先程言ったじゃないと笑って言う母親の顔は、半分笑っていなかった。
「ここの近くまで来たから、央ちゃんと一緒に帰ろうと思って」
「え、でも……」
「そうね。お友達がいるのなら、一緒に帰りたいわよね」
シュンっと下を向いてしまった母親に、茅と飛竜は眉を寄せた。
まったくもって、わざとらしい。
こういう手合いには慣れている。だから、茅は譲ってあげる気はなかった。
それが、好きな人の母親であっても。
「若ったら、心せま~い」
後ろから、雰囲気でやることを悟った飛竜が小声でつぶやいてくるが、無視だ。
飛竜の話は、半分以上は無視するのが一番である。
だが、茅の思いとは別に、央が先に口を開く。
「茅、ご、めん」
断られた方は、自分だった。
それに少々落ち込む自分を感じながら、だがそんな姿は絶対に見せずに、茅は了承した。
いや、了承せざるを得なかった。
本当に申し訳なさそうな央の表情に、それしか言えなくなったからだ。
あぁ、本当に自分って弱いな。
そう思いつつ、茅と央とはそこで別れた。
「若ったら、自分が思っている以上にメロメロですよね」
「言うな」
飛竜の皮肉交じりの言葉に、茅はそういうしかなかった。
以上が、昨日の話なのだが。
今日も一緒に帰ろうとしていた3人だが。
今は違う3人になっていた。茅と飛竜は変わっていない。
変わったのは、央ではなく央の母親になったこと。
そして、その母親となぜだか喫茶店に入ってお茶をしている。
なぜだ?いつの間にそうなった?
「へぇ、ここのケーキうまいんすか?」
「そうなの!すっごくおいしいのよ。央ちゃんとよく来るのよ~」
「へぇ、親子仲いいんですねぇ」
そして、なぜ飛竜は央の母親とあんなに打ち解けているのだ。
喫茶店に入って、少し引き気味の店員が持ってきたメニューを2人でにらめっこしている。
「あ、若。このガトーショコラがおすすめなんですって。俺は、トリプルマウンテンがおすすめだと思います。食べたら、若死んじゃいそうですけどね!」
「あら、茅君は甘いものが苦手なの?」
「そうなんですよ~。昔……」
飛竜が言いよどんだ。
茅がなぜ甘いものが苦手になったかを思い出したのだろう。
飛竜は茅が甘いものが苦手になった経緯を、その目で見ていたのだ。
あの壮絶な体験は、茅だって忘れてはいない。
「えーと、娘さんはどのケーキ食べるんですか」
強引に話題を変える。
ちなみに、飛竜は茅のためを思って話を変えたのではない。
あの光景をこれ以上思い出したくもないから変えたのだ。
央の母親は急な話題の変わり方に一瞬驚いたようではあったが、気にしないことにしたらしい。
央ちゃんはね、と変えられた話題をきちんと受け取ってくれた。
頭のいい人だ。
はぁ、と2人に悟られないほど小さく、茅はため息をつく。
もう、どうしてこうなったかは考えないでおこう。
それより、聞きたいことは一つだけだ。
「何か、話があるんじゃないのか?」
話が長くなるのは、嫌いだ。
だから茅は単刀直入にそう聞いた。




