01
嘘をついても仕方ないので、はっきり言おう。
県立鏡ヶ丘高校は、荒れている。
その理由として、後月会というかなり大きな暴力団の本部があることがあげられる。
後月会。その地域だけでなく、ほかを統括している暴力団にも恐れられている極道。
その極道の本元である宇月組が、この高校の近くに会った。
だから、高校の在学生の中にはその宇月組の組員の息子だったり、娘だったりする人たちがいて、その人たちがこの学校を支配しているのは言うまでもなかった。
近くには鏡ヶ丘中学という中学校もあり、そこも、入れば不良になると言われるほど荒れている中学で、その中学からの持ちあがりが多いことで有名だった。
不良が多く入ってくる学校。
そして、その中でも鏡中の帝王と呼ばれる人も、今年入学してきていた。
名を、由月 茅。
後月会宇月組の頭の息子にして、次代の後月会の6代目。
その人物が、入ってきたことで、鏡ヶ丘高校は、もっと荒れるようになってしまった。
その中で、絶対に近づいてはいけない人たちが3人いる。
一人は、先ほど出た、後月会の次期6代目、由月 茅。
ここの辺りに力がある暴力団の5代目の一人息子にして跡継。
彼に逆らえば、自分がこの町で生きていけないだけでなく、両親兄弟姉妹を含め、親戚すらこの町で生きていけなくなるほどの力を持つ男。
何よりも、この町で生きるためには、逆らわない方がいい男だ。
二人は、茅のお付き、東澤 飛竜。
彼は茅と同等の戦闘能力があり、茅に害をなすものに容赦がないことで知られている。
前に、茅に文句を言った上級生が、ひどい目にあったことがあり、その主犯が彼だと噂されていて、後月会のトップである5代目、次代6代目ともに目をかけている男。
彼に逆らっても、きっとこの町では生きていけないだろう。
そして、三人目。
睨みつけられるだけで、逃げだしたくなる眼力。
そして、175センチを超える長身を持ち、そちらの人ですねと断言できそうな雰囲気を持つ、女。
名を、遊部 央。
噂では、彼女は暴力団をつながっていて、彼女を怒らせるとその暴力団が一斉に襲ってくる。そう言われている、この学校で一番危険な女だという認識をされている女だ。
以上が、鏡ヶ丘高校で絶対に関わらない方がいい人達である。
このように、関わらない方がいい人たちがいる中で、不良と呼ばれる人たちも大量にいる。暴力団関係者も、いっぱいいる。それが、鏡ヶ丘高校。
もう一度言おう、鏡ヶ丘高校は、かなり荒れている。
だから。
「貴様、この事を口外したらどうなるか、わかっているよな?」
そう言って、相手の胸倉を掴んで締め上げることぐらい、日常茶飯事。
休みの度にとは言わないが、他の学校とは非にならない頻度で起こる。
多くは不良同士のもめ事。
ただ、今日は少し勝手が違った。
「おい、返事できねぇのかよ?わかってんだろうなって聞いてんだよ」
にやりと笑うのは、関わってはいけない人のうちの1人、由月 茅。
その後ろでこちらもにやりと笑いつつ締め上げられている相手を見ているのが、東澤 飛竜。
そして、不幸にも締め上げられているのは、遊部 央だった。
その央は少々泣きそうになりながら茅を見ている。
そう、何故か関わってはいけない3人が、関わっているのだ。
周りに人はいない。
だが、いたら絶対にそのまま逃げていく光景。
「若、締め上げすぎて、声が出ないんですよ」
クックッと愉しそうに笑っているのは、飛竜だ。
とても楽しそうな声からして、きっとこの状況をよくしようとは思っていない。
チッと舌打ちして、茅は央を離した。ゲホゲホッと央が咳込む。
女相手でも彼は容赦をしないようで、思いっきり締め上げていた。
「おい、てめぇ、聞いてんのか?」
「ひっ」
思わず悲鳴のような声をあげ、央が茅を見る。
よく見ると、顔は整っている。極道に見えない雰囲気を持っているところもあるから、街を歩いていれば、逆ナンぐらいはされるのではないだろうか。
女子男子ともに、寄ってこられた事がない央はそう思いつつ、まだ咳込んでいた。
「お前、これぐらいでなんでそんな咳き込んでんだ?噂のお前の世界なら、これぐらい当たり前じゃねぇの?」
噂では、後月会以外の極道の娘だとか、極道の愛人だとか。
そんなことを言われている彼女だ。後月会とは全く関係ない暴力団と繋がっているのなら、修羅場ぐらい一回は迎えているだろうと思っていた。
「いえ、あの、そ、その、え、えと」
これで、彼女の言いたいことが分かった人は、天才だと思う。
茅は米神に少しだけ青筋を浮かせた。
言うまでもなく、彼は短気である。
「あの、私は、一般、家庭、の、生まれ、で……」
「へぇ、じゃぁ極道との繋がりは?」
「今、はじ、めて、話、ました」
もう咳込んでいない。息も乱れていない。
だというのに、彼女はつっかえつっかえで話している。
どこか、怯えているようにも見えた。
いや、見えたではなく、見える。彼女は茅と飛竜に怯えているのだ。
「へぇ、噂ってのは案外もろいもんだな。まぁ、お前の風体がそうさせるんだろうけど」
茅がにやりと笑う。
それに央はもう一度、今度は声が出ない悲鳴を上げた。
怯えすぎだ。
「で、さっきも言ったと思うけどよ。このこと口外したら、てめぇの首、飛ばすぞ」
「口、外、って、なん、です、か?」
「あぁ?さっき俺がそこらの不良を伸してたことだ」
高校教師は、うるさい。怯えているくせに、いちいち突っかかってくるのだ。
茅は後月会の次代6代目と言われている。
茅に勝てば、後月会の次期6代目を狙えると思っているばかな奴らどもに襲われることは割と多いのだ。
だが、茅が強すぎてまたは飛竜が強すぎてかかってきた相手が倒れているばかり。
教師が見つけるのはいつも相手が倒れている時で、怯えているくせに怒ろうとしてくるのだ。
相手が悪いのだと言っても、教師たちはうるさい。
今回は教師ではなく生徒に見られたのだから、脅したら言うことを聞くだろうと、央を見ると、央はキョトンと茅を見ていた。
クスクスと飛竜が笑っている。
「若」
「なんだ?飛竜」
「俺の推測ですが。たぶんそいつ、見てなかったと思いますけど」
は?
茅の目が一瞬点になった。
そして、央に向き直る。
「まさか、見てなかったのか?」
「え、えと」
キョトンとした顔が全てを物語っている。
どう考えても、何も見ていないようだ。
茅はふうと思いため息をついた。
びくっと央の肩が跳ね上がる。
「そう言うことは、先に言えよ」
「す、すみま、せん」
央は何も悪くはないのだが。
そう言わないと駄目な気がして。
央は思わず謝っていた。
――――それが、公立鏡ヶ丘高校で関わってはいけない3人の出会いだった。