旅立ち。
あの日記を書いてから、私は日記を書くことを辞めた。
日記を書いたとしても誰も読まないし、私も読み返したりしないから無駄だと思ったから。
風船で手紙を出したけれどかれこれ数日経っても誰も助けに来てはくれない。
私は農作業に出ようといつもの格好に着替えて、金髪がはみ出ていないか確認するために姿見の前へ立つ。
…可愛くない。そう、可愛くないのだ。
何故私は今まで気づかなかったのだろうか。
こんな受け身の体制で過ごしていても「アリス」としての「色」を失ってしまうのだ。
私は決意した。「不思議の国のアリス」としてではなく、アリスという名前を持つ少女として旅立つことにする。
衝動的に用意した私は白のエプロンにフリルのついた水色のワンピースに着替え、黒の革のおでこ靴に履き替え、腰には短剣を刺し、白うさぎの顔を模したリュックを背負い家から出た。
気分は最高!村の人達は化け物でも見るような目で私を見るけれど、そんな絵本の背景に溶け込んでしまうような人の目線はいくら浴びても何も気にしない。
村の出入り口前へ行くと私は「色」を失った平原を初めて見た。
これから私の旅が始まる…。
そう思っていると背中から姉の声が聞こえる。
「そんな身支度をして何処へ行くと言うの!?」と声を荒げているが「今までありがとう、でも私は旅立つわ。このまま色を失うのは嫌なの。」と言い私は走って村を出た。
私は歩く。その先に何があるかは分からないけれど。歩き続ければ「色」を残してる人に会えるかもしれない。そんな一心で歩き続けた…のはいいものの水分も無い、お腹も空いた。もっと準備万端で来ればよかった、そもそも私は約束された物語の主人公として生きるはずで旅なんてするはずなかったのだ。
すると食べれるかは分からないけれど小人のような姿をした生き物がいるではないか。
私は短剣を手に取った。…震えている。
当然ながら生まれてこの方人を殺したことはなかったのだ。
生きる為には!と思いその生き物へと短剣を刺す。
が…確かに刺したはずなのにその生き物は見るからに痛みを感じていない。
すると確かに短剣を刺した小人の頭部が飛散し、粘着質の液体がこの生き物を刺している私に向かって溶け出し口へと侵入して来るではないか。
声が出ない…呼吸が出来ない…死ぬのかな…と考えていると、遠くから馬の蹄が聞こえる。
「そこの子!動かないで!」と声の元へ目を向けると青髪の綺麗に整った顔立ちの鎧を身に付けた女性が馬から降りこちらへと弓を向けている。
一矢、小人もどきの首へと貫いていく。
すると松明を付け私の元へ走って来ると小人もどきは去っていった。
「大丈夫?君はもしかして「不思議の国のアリス」のアリスかな?」と聞いてくる。
私は口を動かすものの声が出ない、必死に吐き出そうとしていると、青髪の女性は小瓶をサイドポーチから取り出す。
「これは浄化剤だから飲み込んでも「白」と中和してくれるから。」と言い彼女の口から私の口へと薬液を移す。
彼女の口から伝わった薬液は喉を焼き切るかと思わせる程の熱を感じるものの、その痛みは一瞬で消えた。
すると異物感が無くなり、「ありがとうございます。小人もどきと知らず呆気なく負けてしまい死ぬところでした。私は「不思議の国のアリス」のアリスですよ
。」と伝えると、彼女は「あれは「色喰み(いろはみ)」という一種で、「色」を持つ人を「白」にしようと過敏に反応するから気をつけた方がいい。」と言いポーチから封筒を取り出すと、「これは君が飛ばしたのかな?」と萎んだ風船と手紙を出して聞いてくる。
「えぇ、これは何日か前に村から助けを呼ぼうと出しました。」と答えると、「間に合ってよかった。君が旅に出たとは知らなかったから村へ向かっていたんだけれど、まさか色喰みに襲われているところに出くわすとはね。」と言われ私は時には待つ事も大事だと思ったものの、何でもかんでも待つだけでは貴重な出会いすら逃してしまっていたかもしれないと実感した。