第6部 ウィルガルド大陸伝奇 ジョー・デウスとの戦い
王都ラフレシアにて
王宮のバルコニーの広大な広場を埋め尽くす国民の前で
婚礼のセレモニーは行われた。
アナスタシア王女の花嫁衣装は白いシルクのタフタに
たくさんのダイヤモンドを散りばめた途方もない豪華なドレスであった。
ダイヤモンドを散りばめた白いパンプスを履きその頭に白いシルクの
シフォンのベールを被り、
その上にダイヤモンドを散りばめたプリンセスクラウンを被り、
その花嫁姿を見た国民は
「これほど美しい花嫁はいない。アドニス王太子さまはなんという
幸福者であられるか」
とすべての人々が囁いた。
司祭による
「神の御前にこの二人を夫婦と成す」という言葉が終わると、
広場を埋め尽くした国民の大歓声が轟いた。
アドニス王太子に手を繋がれたアナスタシア王女はずっと青い顔で、
うつ向いていた。
そして、国民が王太子妃の姿を見たのはこれが最初で最後であった。
王宮の深い地下の大広間で、松明に照らされて
怪しげな黒い魔法陣が描かれ、その真ん中に、鎖で縛りつけられた、
さっきの花嫁衣裳のままのアナスタシア王女がいた。
もう王女は叫び疲れ、泣き疲れて声も擦れて出なかった。
「鎖で縛りつけたぐらいで、さんざん、泣きわめきやがって」
とアドニス王太子は松明で照らされた不気味な顔でニヤニヤ笑い、
「さあ、こっちが本番さ!」
ーー幾千万の昼と幾億の夜と重ねし魔界の王者よ。死すること無き魔界の王よ。
その身に狂気を宿しわれにここに召喚されよ。
しかし、何も起きなかった。
そこへ、父親のジョー・デウスが入ってきた。
「これは父上、わざわざ来てくださってすいません」
「おまえがこの大魔王デス・ダークネスの召喚に成功するか否かで
この先のわしの計画は全く、違ってくる。魔法使いとしても天才的な、
お前ひとりで荷が重いなら、このわしも手を貸そう」
「恐縮です。父上」
二人は、そろって、おどろおどろしい呪文の詠唱を始めた。
ーーーー血に飢えし魔界の王者よ。幾千万の昼と幾億の夜を
重ねし魔界の王者よ。死すること無き魔界の王よ。
その身に狂気を宿しわれにここに召喚されよ。滅びし者どもは
その滅びし運命ゆえに魔王の降臨を恋焦がれる。血に飢えし魔界の王者よ。
いまこそ神の栄光は地に落ち、嘆く者もない。焦がれし死にゆく者の
その定めの故に、幾千万の昼と幾億の夜を重ねし魔界の王者よ。
死すること無き魔界の王よ。その身に狂気を宿しわれにここに召喚されよ。
滅びし者どもはその滅びし運命ゆえに魔王の降臨を恋焦がれる。----
おどろおどろしい呪文の詠唱は果てしなく続く…………
そのとき、地鳴りがして、天地を揺るがすような稲妻が
王都ラフレシアの上に走った。
王太子の華やかな婚礼があったその日
王都ラフレシアの雅な大通りは群衆でごった返していたが、あたりは、
怪しい霞につつまれ、きな臭い風が吹き始めた。人々は大きな嵐が
やってくるのだと思い、みな、すぐに思い思いに家路を急いだ。
商店はみな店じまいを急いだ。天は不気味な雲に包まれ、
都は真昼だというのに、真っ暗な闇に包まれた。
人々は固く家の戸を閉ざした。つんざくような稲妻が
王都を揺るがすような轟音と共に落ちた。
そして地獄の底から響くような地鳴りがした。
「来るぞ!」
皇帝ジョー・デウスがにやりと笑ってつぶやいた。
王太子アドニスは、手を抜かず全力で呪文の詠唱を続けている。
天井まで20メートルはありそうな巨大な地下空洞の広間に、
魔法陣より風か巻き起こり、不気味な地鳴りとともに
ギラギラ光る眼が現れた。
「われは魔界の王の中の王、死することなき王デス・ダークネスなり。
われを呼びし者共よ。その命、魂、つたない魔力のすべてを捧げよ。
さすればその願い叶えてやろう。」
皇帝ジョー・デウスとアドニスは目の前に現れた大魔王デス・ダークネス
に向かって、いきなり、『恐怖の呪い』をの呪文を詠唱始めた。
そして、叫んだ
「いかなる魔王といえどもこの呪いにあらがう術はなし。
己を失い狂気となれ!」
自分のすべての魔力を解き放ち、魔法陣の中に立つ巨大な大魔王に
超古代の呪いの呪文を放った。
二人の言葉が赤黒いドクロとなり、大魔王を捕らえた。
魔法陣はあらかじめ張られた罠であった。大魔王は元の姿から、
形を崩し、禍々しさを増し更なる怪物へとみるみる形を変えた。
「魔界の王よ、我を忘れて怒り狂い悪魔となれ!」
狂気になり悪魔ウールヴヘジンとなったデス・ダークネスはそこに
鎖で縛りつけられた王女アナスタシアに降霊しアナスタシアの身体は
寄りまし(依り代)となった。
王女アナスタシアは悪魔となった。
その時、そこへ死ぬほど息を弾ませたクリスタルが上の階段から、
数人の王宮の警備兵をぶっとばして乱入してきた。
「おまえら、なにしやがったんだ! アナスタシアを鎖で縛ってやがる!
おまえら、彼女はいま結婚式終わったばかりの、
王太子、きさまの花嫁だろうが? なんだよ、この扱いは?
おまえら、気違いなのか?この気狂いめ!」
アドニス王太子は叫んだ!
「ドウルガよ、まずはこいつを食らえ!」
アナスタシアはみるみる巨大な鬼女ドウルガの姿になった。
全身は地獄の業火のような炎に包まれている。
しかし、ドウルガは動かない。
皇帝ジョー・デウスが叫んだ
「ドウルガの寄りましの女を犯したんだろう?」
アドニス王太子「はい、父上」
皇帝はアドニスに言った
「ドウルガを完全に支配するには3つが必要だ。
寄りまし(依り代)の女の
1、その女の処女を奪うこと、
2、その女と結婚をして妻とすること。
3、その女の最愛の者となること。
処女を奪い、すでに結婚式を済ませお前の妻になったのだ。
寄りましの女に対し2つの要素を満たしたのだから、
そのドウルガを支配できるはずなのに?
なぜアドニスの命令をきかないのだ?」
さっき目の前でクリスタルは、アナスタシアがドウルガに
変身するところを見てしまった。
彼は何も感じない気持ちになっていた。
不思議と気持ちは落ち着いていた。
「おい、俺なんか食うより、そいつらを食えよ!」
ドウルガは不意にくるりと振り返ると、皇帝ジョー・デウスと
王太子アドニスにとびかかった。
牙をむき、素早い動きで、すんでのところでアドニスを食らうところを
皇帝がアドニスをかかえ、広い洞窟の奥へ飛び退った。
「そうか、すでに王女はおまえとできていたのか。
まったくとんだあばずれを王太子の嫁に向かえたもんだ」
と皇帝は吐き捨てるように言った。
クリスタルは妖刀ダイモスを構えると勢いをつけてジャンプし、
アドニスをねらって剣を振り下ろしたが、皇帝が一角獣の角でできた
王笏で大剣を受けとめた。
皇帝と王太子はクリスタルの構えている剣が
とんでもない剣であることに気が付いた。
「おい、アドニス気を付けろ。あの剣を食らったら、
おまえでもただじゃすまないぞ」
アドニスはすぐに後ろに5メートル飛び退った。
今度はドウルガがアドニスに飛びかかったが、
アドニスが避けて、ドウルガの牙はカチンと空をきった。
クリスタルはアドニスめがけて大剣を振りかぶって
飛びかかったそのとき、皇帝が
「わが魔力により動きを禁ず!フリーズ」
クリスタルはまともに、その呪文を受け、凍り付いてしまった。
意識はあるが動けない。しゃべることもできない。
王太子が自分の剣をぬいて切りかかった「反逆者め、ここまでだ」
そのとき「溶けよ!動け!」
すんでのところで、クリスタルは王太子の剣を避けた。
空間を歪め、いきなりマダム・ブラスターが現れた。
マダム・ブラスターは聖なる守護の呪文を自分と息子に唱えた。
ドウルガは皇帝に牙をむいて食いついたが、避けられた。
皇帝はドウルガに「フリーズ」と唱えたが、効かない。
ドウルガは、そのまま前足の巨大な爪で皇帝を攻撃した。
皇帝は、とびすさると、幻惑の呪文を唱え、6人に分身した。
マダム・ブラスターは皇帝と王太子が幻獣の毛で編んだ衣を着ているのを見て、
魔法攻撃は無効と判断し、息子に攻撃力アップの呪文をかけた。
そしてあらゆる魔法攻撃を50%防ぐ上級防御呪文を、息子に、
そして自分にかけた。
クリスタルはすごい素早さで6人の皇帝の5人を
1人ずつ攻撃し消していった。6人目で、本物だった。
皇帝は、10メートルは空中へ飛び上がり、
クリスタルの攻撃を避けた。皇帝は言った。
「そうか、お前が誰なのか、いま、気がついた。
おまえはわしが魔物どもに餌としてくれてやった最初のせがれだな」
アドニスがそれをきいて一瞬びくっとした。
「あいつが兄……なのか?」
「そうか、おまえが出来損ないで父上に捨てられた兄か。
物乞いにでも来たのか?」
マダム・ブラスターは自分と息子の動く速度を上げた。
さらに、攻撃を受けても20%ダメージを減らす神の祝福の
上級呪文を唱えた。
クリスタルは、剣を構え大剣を、大きく振りかぶると、皇帝の背後から
力いっぱい振り下ろした。皇帝はそれを難なくよけた。
アドニスがクリスタルに体当たりして、勢い良く振り下ろした大剣は大きくそれて、
地下洞窟の敷石を砕いて大穴をあけた。
皇帝は、クリスタルに氷の呪文を唱えた。空中に巨大な氷の塊ができ、
それが二人の頭の上にふりそそいだ。その皇帝めがけてドウルガが大口
あけて噛みついた。皇帝は横へ飛び退って避けた。
アドニスが剣を素早く片手で構え、クリスタルの心臓めがけて
突きの突撃を行なった。
それに気づきマダム・ブラスターは息子に素早く
3倍のすばやさUPの呪文唱えた。
クリスタルはみごとに、アドニスの突きの突撃攻撃を避けた。
皇帝がマダム・ブラスターに重々しくいった。
「アナスタシア王女にフォボスの呪いのかかった大魔王が取り付いたことで、
同時にハルモニア王国そのものに恐怖の呪いがかかった。
それをおまえは知っておろう。そのおまえの命を課してなら国にかかる
フォボスの呪いを防げたであろうに、なぜ、それを行わずに、
この男の助っ人に来たのだ?愚かな女よ」
マダム・ブラスターは何も答えない。
「今頃、ハルモニアの都ではフォボスの呪いによって、すべての住民が
命を失い、アンデッドと化しているだろう。あっはっはっは。
愚かなことだ。こんなクズガキ1人のために、わざわざお前ほどの
錬金術師が自分の仕える王家の国を捨てて、クズガキ1人をお守り
に来るとはなぁ。ふははははは」
マダム・ブラスターは皇帝に向かって不愉快そうに言った。
「クリスタルはおまえがすべてを奪い捨てた息子
おまえはいったい何様なんだよ!」
クリスタルはアドニスの背後へ回り込み、隙を狙って斜めに切り込んだ。
アドニスは髪の数本を切られ、すんでのところで交した。
素早く退くと、そしてその勢いを利用して剣を構え、
また突きの突撃を繰り返したが、今度はクリスタルに楽々交された。
とっさにクリスタルは、足払いをして、アドニスを転ばせた。
アドニスは大きく足をとられて、まともに転んだ
そこをクリスタルは怪剣ダイモスで切りつけた
しかしアドニスはすぐに起き上がると、兄の剣を避けた
弟は飛び退り、皇帝の横についた。
皇帝は、そのとき、あらゆる防御魔法を無効にする
大呪文をクリスタルにむかって唱えた。
その攻撃はクリスタルにたいへんなことになった。
なんと、クリスタルに施されていたフォボスの呪いの防御魔法すらまで
無効になった。
マダム・ブラスターは少し慌てた。そして覚悟を決めた。
「くそ息子、大呪文を詠唱するからしばらく援護しな」
「なにしやがる気だ。年寄りの冷や水はしわが増えるぞ!」と息子
母のために呪文詠唱の時間を稼ぐため
クリスタルは皇帝と王太子に向かって勢いつけて巨大な
大剣を回転させ始めた。大剣は巨大な回転となり、
そのまま二人のところへ突撃した。皇帝は軽く避けると、また氷の大呪文を唱え、
その呪文をクリスタルにまともにぶつけた。
一瞬早く、クリスタルはよけた。皇帝を食おうとドウルガが大口開けて食らいついた。
皇帝が食われるのをアドニスが父を突き飛ばして防いだ。
皇帝はすぐに姿勢を立て直した
アドニスは剣をかまえると、また素早い突撃で
クリスタルの心臓をねらって突きを素早く幾度も繰り返した。
「くそ息子。もういいよっ!」
マダム・ブラスターは詠唱を終えた。
呪文は放たれ、まばゆい光が
クリスタルを包んだ。
「なにをしやがったんだ? あのくそばばあ?」
空中に白い魔法陣が現れた
そしてそれはゆっくりと消えた
辺りの風景が変わった
クリスタルは、はるか4千メートルの山を越えた東の大陸のどこかの町に
空間をゆがめ移動させられていた。
首から大きな赤いルビーが下がっていた
まわりは見たこともない景色でのどかな農村だった。
誰かが、クリスタルの耳元で囁いた。
「もう、お前の恐怖の呪いは永久に封印された。
もう二度とお前を苦しめることない。
アナスタシアはそのルビーに封印した。
どうやって元に戻すかは自分で探せ。
自分の身体を集めて元の身体に戻るかいい。
そうすれば、自分がどうやって何をすればいいかが
見えてくるはずさ」
その声は聞こえなくなった。
「くそばああ~~‼おふくろ~~‼」
クリスタルの声に答える者はなかった。
マダム・ブラスターは自分の命をかけて
息子の魂にかけられた『恐怖の呪い』を封印した。
息子と愛し合う王女アナスタシアが変貌させられた食人鬼女ドウルガを
赤いルビーに封印し息子に託した。
そして自分の呪力で空中に召喚魔法陣を描き……召喚魔法で、
安全な場所へ息子を飛ばして
……覇王ジョー・デウスの前で息絶えた