第12部 ウィルガルド大陸伝奇
レッサム街道を西に抜けてクリスタルはあてどもない荒野へ馬の足を踏み出した。
リユが驚いて聞いた
「ねえねえ、せっかく石畳のレッサム街道があるのになんで石ころだらけの
荒れ地へ行くの?王都ラフレシアへ行くんでしょう?」
「いかねえよ」
「うそー!だって、王都から来たってボノ兄に言ってたじゃない?」
「そこへは行きたくて行ったわけじゃねえし、行けない事情があるんだよ」
「つまんないな。あたし、一度、王都ラフレシアに行ってみたかったのに。
この世で一番贅を尽くした白き石の都て呼ばれる世界で
一番美しい町なんでしょ?」
「うるさい。それ以上つまんねえこと聞くな!」
「……」
馬は荒れ地をカポカポ歩いていく。
岩だらけのところどころに雑草が生えている荒野が果てしなく続いている。
クリスタルが水を飲もうと水筒を取り出すと、水が1滴も残ってない。
「おい、水筒の水どうしたんだ?」
「途中で枯れかけてたお花があったから全部あげちゃったよ」
「……」
やがて、前方に森が見えてきた。
「あそこは、水があるだろうな。昼飯にできるかな」
「……喉乾いたよぉ……」
「お前が悪いんだろ。俺だって我慢してるんだ」
森を少し進むと、きれいな水の湧き出てる泉があった。
あたりは美しい花が咲き乱れ、蝶や蜂が飛び小鳥が鳴き木漏れ日がさし、
まわりには食べきれないほどの沢山のあらゆる種類の果物がたわわに実っている果樹園がある。
まるで荒れ地と別世界のような美しさだった。
クリスタルは馬を休ませて、水筒に一杯水を入れて、自分で持った。
「あぁ~~水筒はあたしがもつぅ~」「お前が持ってたらおっちぬわ。俺が持つ」
美しい泉でクリスタルは真っ裸になって泉に潜り泳ぎ、水浴びを楽しんだ。
荒野を歩いてきたほこりっぽい身体をきれいに洗い、髪も洗った。
リユも裸になり、水遊びを楽しんでいる。
クリスタルはその様子を見るとはなしに見てその様子が
ものすごく可愛いので、心底(ヤバイ!)と思った。
(妹を持ったことのない17歳のちょい不良ぽいけど、中身は
真面目な少年は……リユを見て、なぜかすごく赤面してしまった)
「あいつ……めちゃくちゃ可愛い……」
昼食は、咲き乱れる花の中に座って、
そこにたわわに実っている果物を好きなだけお腹いっぱい食べた。
あとは、泉のおいしい清水を好きなだけ飲む。
小鳥の声を聴きながら木漏れ日の中でのんびりまどろんでいると、
まるで王宮の中庭で昼休みに昼寝してた時みたいだった。
たいがい、アナスタシア王女に「ねえ、ちょぅと、街に買い物に行きたいんだけど」
と蹴り飛ばされて起こされる。「おまえ、王女様だろ。家来を蹴るなよ!」
……うつうつとそんな夢を見た。
そのとき、雷のような声が響いた。
クリスタルは目を覚まして反射的に身構えた。
「おでが美味しい酒を造る大事な水になにしやがる!」
見ると、リユがなんとおしっこをしていた。
声の主はと見ると、イノシシの頭をした巨大な魔族の大男が
4本のひづめに斧を4本はさんで、いきなり真っ裸のリユに殴りかかった。
リユはすっころんでしまい、真っ裸でなさけない様子で
いきなり現れて怒鳴りつけた大イノシシの巨人をただおどろいて見あげている。
巨人というよりは全身毛むくじゃらでどう見ても大イノシシそのものだが。
「ここでおではこの果物と水を使ってうまい酒を作ってるんだ。
おでの酒の水を汚す奴は死ねぇええええ!」
大猪の巨人は大きな2本の牙をふりたてて怒っている。
クリスタルが取り合えず謝った。
「すまん、謝るから、まだ小さい子供なんだ、勘弁してやってくれ」
なんとかクリスタルは自分の方へ注意を向けようとした。
「おで許さないない。お前ら殺すー!」
ものすごい怪力で風車の様に4本の手を回転させて、
リユとクリスタルの二人に猛攻撃を仕掛けてきた。
クリスタルは、その4本の斧を妖刀ダイモスで、渾身の力で受け止めた。
リユは情けない格好で、クリスタルの足元に逃げ込んだ。
「ちょっと、もっとしっかり、あたしを守りなさいよ!」
「なんでもいいから、はやく、魔法攻撃しろ」
クリスタルは渾身の力で支えているのでもう長く持たない。
「おで本気になるぞぉおお!」
リユは真っ裸でもサファイアのイヤリングは付けていた。
「スリープ」
一発で効いた。
イノシシの頭の魔物の巨人は眠ってしまった。
クリスタルはリユの身体とリユの服と靴をひっつかむと、一目散に逃げだした。
どこをどう走ったかわからないが、とにかく逃げて、気が付くと、
ひどく寂れた貧相な村の中に立っていた。
クリスタルはリユを手伝って服を着させた。
今にも崩れそうなボロい家の前にやせこけた家族が座り込んでいた。
「かーちゃん、おなかすいたよー」
母親が辛そうにいった。
「ごめん、昨日あげた食べ物が最後なのよ。
もう何も食べるものがないの」
クリスタルは、その母親に話しかけた。
「いったい、この村はなんで食べ物がないんだよ?」
(ルド女大公から聞いた話じゃ、ここらにジナナ村っていう
豊かで長閑な村があるって話だったけど?)
母親が小さな声で答えた。「……ここはジナナ村といいます」
「大イノシシの毛むくじゃらの巨人が私たちの水源に住み着いて、
水を村に、1滴も川に流れないようにしてしまったんです。」
「泉を返してくれとお願いしに行った村人は誰一人帰ってきませんでした」
ただ、暗い顔をする。
リユは自分のビスケットをクリスタルがあげると
言い出さないかとそればっかり気にして、この人たちの話を
聞こえないふりして明後日の方を向いている。
「リユ、おまえここにいろ」
じっと話を聞いていたクリスタルはそれだけ言うと、
元来た道を、一目散に走って行ってしまった。
クリスタルはさっきの天国のような果樹園のある泉に戻ってきた。
大猪の巨人は、すぐにクリスタルを見つけると、
「おお、おまえそこにいたのか。殺してやる」
「おいまて、お前こそ、この水源を村の人たちに返してやれ。
おとなしく出ていくなら殺すのはかんべんしてやる!」
「それは、おでのいうセリフだぁ!」
大猪の巨人は4本のヒヅメに挟んだ4本の斧を風車のように振り回し、
またクリスタルに殴りかかってきた。
クリスタルがひょいとかわすと、
そのまま大猪の巨人は大木に激突しドカン!とすごい音がして、
あたりの木々がふっとび、地面に大穴が開いた。大木は真っ二つに折れた。
「いででで、もうおでゆるさない。死ねぇえええ。」
クリスタルは、妖刀ダイモスを斜めに構え呼吸を整えた。
振りかぶって、両手で切り込み、大猪の巨人の心臓を貫いた。
水道管が破裂したように血がすごい勢いで噴き出し、巨人は
ぞっとする叫び吠えを上げたかと思うと、絶命して倒れた。
全身に返り血をあびて血だらけになったクリスタルが、
はぁはぁ肩で息をしながら立っていた。
クリスタルは鼻に痛みを感じ、鼻を抑えた。
鼻からコハクの塊がコロンと転がった。
自分の鼻が戻ったのを感じた。
クリスタルはコハクをポケットに入れた。
大猪の巨人が倒された話はすぐに村人の間に伝わった。
村では総出で大猪の身体を担いできて、巨大なイノシシの丸焼きを作っていた。
果物をもてるだけもいで村に持ち帰っていた。
水もクリスタルが大きなカメになみなみと汲んで持ち帰ってきた。
巨大な大猪を焼く香ばしい匂いが立ち込め、大きな炎をみんなが楽し気に見つめている。
暗かった村に、笑顔がもどり、もう、飢えていた村人はみんな、
果物をたらふく食べて上機嫌であった。
大きな猪が焼き上がり、みんながてんでにナイフを持って好きなだけ
肉を切り取って食べはじめた。
とても美味しい肉だった。
クリスタルもたらふく食べた。リユは巨大なイノシシの肉が焼けるまで
待ちきれずすでに果物をたらふく食べ、お腹ぱんぱんだが、
まだナイフとお皿を持ち、食べる気満々である。
巨人の住んでいた洞窟には大きなカメがたくさんあり、
そこには大猪の巨人が作ったらしいすごい美酒がたくさん蓄えられていた。
村人たちはそれも持ち帰り、大人たちがカップで汲んでてんでに飲んでいた。
クリスタルはお酒はまだ17歳で飲んだこと無かったし飲むつもりは
なかったのだが、水とまちがえてコップで汲んだ透明な液は酒だった。
喉がつまりそうなのを、水とまちがえて一気に飲んでしまった。
とたんに、あたりがぐるぐる回りだし、バタンと倒れ、そのまま眠ってしまった。
村の宴会は一晩中朝日が昇るまで続いた。