支配ウイルス収束 警告
手紙でコードを送るというのもなかなか古典的ですが、手紙が上手く回れば特定のメッセージを特定の人だけに見せられますよね。
宝井の開いたタブレットの画面には一つの映像があった。その動画のタイトルは『支配ウイルスの予告』とある。覆面とフードを被った人物が一人、暗闇の中でボゥと照らし出されている。
「皆さん、おはようございます。屍生島と日和村で起こった事件の犯人、もう警察に知られているのでこの名前を隠す必要もありません。佐伯雅孝と申します。そしてこの一連の事件の決着を本日着けたいと思います。私はこれらの事件の黒幕であり、このウイルスを使ってバイオハザードを起こした世紀の犯罪者です。今日私を止めに来たいという方は神戸という地獄で会いましょう。今回の事件は以前の二件よりもさらに過激で鮮烈な物にします。政府、警察、市民全てが私の手の中で踊るような盛大なパーティーにしましょう。そして私の身元を追っているという興味深い男を見つけました。」
竹島は息を飲んだ。宝井と友永は竹島を見る。画面の中の男、佐伯は急に暗い声になってこう言った。
「竹島兆、貴様は今日も必ず神戸に来るはずだ。進んで地獄に向かってきた狂人である貴様と今日は楽しみたい。そろそろ最初の感染者が姿を現す。そして貴様がこれを見る頃はもう神戸は混沌の劫火に包囲され、完全に理性が崩壊した冥界の饗宴の舞台となっている頃だろう。」
「個人に向けて宣戦布告なんてアメリカの大統領になった気分だ。」
竹嶋は冗談めかしてこう言った。
「竹島さん、笑いごとじゃないですよ。教授、竹島さんを神戸に向かわせたら、それこそ佐伯の思う壺ですよ。竹島さんは此処に残ってこの対応は教授や警察に任せるべきです。」
教授がすかさず制止に入った。
「いや、友、それも良くない。お前は此処までの一連の流れを全て知っているからそう言えるが、この情報を政府も国民も全く知らない。此れから全てを知らせても、次に秘密にしていた竹が疑われる。」
これには友永も必死に反論する。冷静な時と違って外れた眼鏡も直さない。
「今は疑われることを気にしている場合ではないでしょう。人命の懸った事ですよ。」
宝井は首を振りながらこう答えた。
「もう遅い。神戸で最初の感染者がきっとウイルスをばら撒いている。」
どういう事ですかと友永が聞く前に彼は続けた。
「この動画は私の研究室に直接送られてきた。一般には公開されていない。」
「そんなことが出来るんですか。まず教授はこの研究所のHPにそのような機能を出していない。それに此処に直接送る事は出来ないようにしているじゃないですか。」
「簡単な事だ。このサイトに書かれている京都大学の住所に手紙としてこの動画へのアクセスコードを送ってきて『重要事項 竹島兆宛て』と書いたんだ。ネット上では目立たないように公開しなかったんだろう。その上京都大学に直接電話してきた。竹島兆宛てと書かれた手紙は一つの都市の命運を握っていると一方的に話して切られたそうだが。」
竹島は驚いた。
「私が京都に居る事が何故ばれたんでしょう。」
これには友永が答えた。
「あの波多野さんが兄からかかってきた電話に京都大学で調査するという事を知らせてしまったということなら納得がいきます。そう言えば、その波多野さんはどうして今日連れて来なかったんですか。」
「本当は私と一緒に此処を訪れる積りでしたが、その前に両親の安否を確認して一度広島に戻ると言っていました。」
竹島はありのままを話した。
「共謀という可能性は?」
教授が即座に聞き返した。
「日和村事件の事を考えても極めて低いと思います。有り得なくはないでしょうが、恐らく兄からの電話で警察への自首を推奨する時に私の名前とこの大学で詳細を調査していると伝えてしまったんでしょう。」
「そんな不用意な事を普通聞きますか?この大学や竹島さん個人が狙われるかもしれないんですよ。」
友永が聞き返した。
「しかし、最初から私は狙われやすかったのでしょう。私がこの事件に首を突っ込んで調査し、佐伯と一度対峙し、硫酸で大傷を負わせて、彼をかなりの所まで追い詰めた。実際に私がこの情報を公開してしまえば彼の自由は直ぐに終わる。」
教授が補足した。
「竹は画像が若干流出しているから此処で知らせなくても軈てはばれる。それに波多野雅は自分が佐伯を説得し得る立場に居る事に油断し、不必要に情報を流失させたんじゃろう。」
竹島は激しい焦りを感じていたが、冷静を装ってこう言った。
「私はこれから神戸に向かいます。此処で確実に決着を着けます。」
「止めた方が身の為でしょう。公的機関に知らせれば竹島さんが多少疑われようとも、神戸は救われます。行くとなれば情報を知っている自分で破滅するかもしれませんよ。」
友永は必死で説得した
「友、此奴は此処で折れるはずがない。」
「何を言っているんですか、教授。だから我々が此処で制止しなくてはならないんですよ。」
「それにこの私も竹が神戸に行った方が良いと思っている。」
「本気で言っているんですか?焦って冷静に成っていない状態で言っているなら、大変失礼とは存じますが教授の意見でも反論させて頂きます。」
「何、別に構わんが、此処で意見の分裂は2対1で神戸行じゃぞ。」
教授は幼稚ともとれる笑い顔で言った。
「そんな子供染みた事を言っている場合ですか。」
「ああ、そうかもしれんが、肝心の竹が行くと言っておろう。」
友永は初めて黙った。竹島が一つ質問をした。
「教授はこの後どうなさいますか。」
「わしはまだ学長に呼ばれておる。此処で暫くの心理戦に入る事になろう。」
竹島は少しニヤリと笑った。不思議と事件も感染も怖くなくなった。身体も頭脳も神戸に向かおうとしていた。恐怖や焦燥が無い訳ではない。だがそれを楽しむ位の気持と衝撃の結末を期待する興味が先走っていた。大変不謹慎な感情だが。
「私は友永さんが止めても行きますよ。自分で蒔いた種がどのようになるか見て見たくなりました。」
「遊びじゃないんですよとか言っても無駄でしょう。ならば、私も行きます。」
その時、竹島はこの友永という女子学生にもある種の期待と奇妙な好奇心を抱いた。
佐伯と言うキャラクターですが、どう描くかはかなり迷いました。
お付き合い頂き有り難う御座いました。