支配ウイルス収束 決戦
佐伯は何を動機にこれを起こしたのか、ここでは敢えて触れることはしません。今後も触れることはないと思います。
佐伯は勝利を確信したかのような笑みを浮かべ、拳銃を取り出した。
「感染させた警官から奪って来たんだ。此処で始末してやる。」
葉山と友永は唇を強く噛んだ。
「竹島さん、どうするんですか。」
友永の小声に竹島も小声で返した。
「ああ、あれは私に任せて下さい。」
竹島はにやりと笑って手を広げた。
「佐伯君、何でこんなことをしたんだ。」
葉山は恐る恐る顔を上げて佐伯を睨んだ。
「はぁ、葉山、俺はな、最初から支配ウイルスを使う積りでいた。俺が支配側としてな。当然最初は支配ウイルスという物の効果が信じられなかった。だが、実験を繰り返すうちに神経を侵食し、細胞を徐々に冒していく事を確かめた。実際にウイルスを発見したのは波多野だったが、波多野は田舎の島民娘である俺の妹と結婚して早々に研究から退いた。だがな、俺はこの支配ウイルスに無限の可能性を感じた。自分が他人を支配できる感覚をこの身で覚えた。こうして大勢の人間を支配できる。」
佐伯の言葉を吐き出す姿を葉山は戦慄して震える目で見つめていた。
「じゃあ、何であの島と日和村だったんだ?」
「それは俺達の故郷であり、最も精通している地形だったからだ。慣れない地形よりも命令の内容が伝わりやすい。此方が被支配側の状況を把握しておくことが出来る。そして屍生島では自分も被害者になったと見せかけ、容疑者から外れることが出来る。お前を上手く利用すれば俺は生きたまま戸籍上死ねる。お前が計画を邪魔するまではな。俺はもう一度日和村に戻って研究を再開し、ウイルスを培養して次は大都市に流そうと考えていた。それを全て断ち切るかのようにお前と雅が現れた。この恨みは絶対に此処で晴らす。」
激昂していくうちに佐伯の攻撃の矛先は葉山から竹島に変わっていったようである。
「ウイルスは支配側の体内でも増殖していきます。それなのに貴方はよくここまで持ちましたね。免疫と抗体が余程強いのでしょう。確かに予めウイルスを体内に少しずつ蓄積させていく煙草は素晴らしい提案です。しかし、貴方は此処で終わりです。最初から支配ウイルスなんて物でこの世を支配する事なんて出来ないんですよ。」
竹島は言い終わると佐伯の前に踏み出た。銃口を前に恐れは無かった。いや無いように見せかけたのだ。
「動くな...撃つぞ。」
「では、撃ってみてはどうですか。」
態と挑発気味に返した。そして言い終わらぬその刹那、竹島は大きく前に踏み出し、銃身を掴んで大きく右に逸らし、佐伯の胸に体当たりを食らわせた。それに続いて友永が駆け寄り、竹島の下敷きになっても尚拳銃を掴もうとする佐伯の腕を強引に引き剥がした。拳銃を掴み取ると安全レバーを強く引き、佐伯に必死で肘打ちを食らわせている竹島に退くように叫んだ。
「友永さん、私が手を下しましょう。」
しかし、友永は竹島の制止を振り切った。
「いいえ、ここまで貴方に着いてきたらもう引けませんから。」
友永は竹島に微笑んで見せた。随分とずれている眼鏡の奥でその青い方の瞳に皺が寄ったのが見えた。
「此処で終わりですよ。佐伯さん。」
友永は強く引き金に手を構えたまま佐伯の脳幹に当たる位置を銃弾が貫通するように、人中の辺りを上向きに狙って、佐伯の顔を見つめた。愚かだが、策謀高いその殺人鬼の劇場にも愈々幕が下りようとしていた。
一度はボロボロに崩壊して治りかけた顔面に再び銃弾が入った。完全に脳の中枢を破壊され、佐伯はピクリとも動かなくなった。今度こそ完全に死んでいた。友永は拳銃を放り投げて死体の枕から起き上がった竹島の耳元でこう囁いた。
「人を殺したのは初めてじゃないんですよ。でも銃を使ったのは初めてです。これ、皆には内緒ですよ。」
町に戻った竹島は警察に事情を話す前にこう言った。
「きっと、本当は彼はウイルスの影響で虚弱になったのでしょう。私が体当たりをしたとき、肉体が酷く貧弱に感じられました。」
自分の下で死体になった殺人鬼を見つめて竹島は静かに呟いた。
「見るからに病的な痩躯ですから、きっと体質上の問題もあったのでしょう。それを言えば貴方も随分痩躯ですがね、竹島さん。でもあれは見事でした。拳銃を持っている相手をよく攻撃しましたね。」
友永は冗談めかして返した。
「人を殺した後に冗談ですか。やはり貴方も普通ではありませんね。見て下さい。先程まで支配されていた感染者は皆、命令が無くなって抜け殻になっていきました。」
彼等は無事なのだろうかと竹島も葉山も考えた。宿主を亡くした穴を埋める脳細胞を発生させる術が人間に備わっているのかどうか竹島と葉山には解らなかった。ただ今は斑点で真っ赤になった顔のまま横たわっているだけだった。死んでいるのかそれとも気絶しているだけなのか。其処からでは判別できなかった。
お付き合い頂き有り難う御座いました。




