支配ウイルス収束 訪問
少し遅れてしまいましたが、第三部にあたる完結篇を投稿することが出来ました。今回も三人称で主人公に当たる人物は前回、前々回の語り部的役割であった竹島です。連続投稿と言う形式をとっていますので前書き、後書きが短くなっています。
論文を宝井教授に渡して数日後、直ぐに返答として翻訳文を解説したいという彼のメールを受け、竹島は改めて京都に向かった。京都大学の彼の研究所で待ち合わせる事になっている。直ぐに車を飛ばして向かったが、所内に教授の姿はなかった。
「済みません、失礼します。竹島です。」
そう挨拶をすると、
「あ、はーい。」
という返答の声が聞こえた。初めて聞く女性の声に少し竹島は戸惑う。
「あれ、教授の学生ですか?」
奥から駆け足で出てきた黒縁のブルーライトカット眼鏡を掛けた女性が竹島に聞いた。
「あの、教授に用が有ってきたものなのですが、教授は不在なのですか?」
どうやら彼女は竹島の容貌を見て学生と勘違いしたらしい。
「教授に用って、ああ、貴方があのウイルスの論文の解明をお願いしたって言う・・」
漸く彼女は竹島が何者か解ったらしい。
「竹島と申します。初めまして。」
丁寧にお辞儀をすると、彼女も眼鏡を外して答えた。
「此方こそ初めまして。友永飛永です。」
溌剌とした調子で挨拶をすると彼女は再び研究所の奥に行ってしまった。
「コーヒーと紅茶、どちらにします?」
奥から声が聞こえた。
「え?あ、ああ。コーヒーで。」
突然の問いかけに戸惑いながらも竹島は答えた。
「どうぞお掛け下さい。」
少し遅れてまた声が聞こえた。竹島は当然、友永と名乗った彼女とは初対面だが、彼女は何者だろう。
「あの、失礼ですが、貴方は教授とどのような御関係で?」
竹島は奥の方に向かって問いかけた。
「ああ、助手と言いますか。学生なんですけど。」
助手というのは竹島は覚えが無かった。教授は助手というのを嫌う性質の人だ。協調性が無い訳ではないからこうして自分の論文の翻訳を買ってくれたが、あまり自分の身の回りを弄られるのが好きではないので、助手を自室や自分の手元に置く事はしないと以前に自分で公言していた。
「教授に助手とは少し意外ですね。」
「今日の為の臨時の助手ですよ。いつも教授にくっついている訳ではないですから。」
「今日の為とはもしかしてこの案件の為ですか?」
「ええ、この論文の翻訳を手伝って欲しいという事で呼ばれたんですけど。」
「そうですか、それはお疲れ様です。所で教授は今どちらに?」
「その教授なんですが、現在は少し取り込み中でして、」
「珍しいですね。今日は居ると電話では言っていたのですが。」
「ええ、その予定なんですが、少しまずい事に成りまして。今教授が不在なのも竹島さんが持ち込んだこの論文が関係しているんですよ。」
竹島は嫌な予感がした。
「あ、もしかして漏洩したりしましたか?」
友永は笑顔を崩すことなくこう言った。
「察しが良いですね。少しまずい事になったのは今朝の事なんですけど、徹夜で翻訳を完成させたらしく、朝の隙間時間に寝ていたらしいんですよ。そしたら事情を全く知らない学生が此処に立ち入ってしまったらしく、しかも教授の机に置いてあった原本を自分が予め頼んでおいた別の原稿のコピーと勘違いして読んでしまったんですよ。」
竹島は冷や汗をかくほどに焦った。
「うわ、それは大変拙いですね。」
こう返すのも精一杯であった。
「しかもその学生が教授が未発表の支配ウイルスに関するデータを握っているって他の教授に言ってしまったからもう大変ですよ。」
緊張と焦燥が増長するようなことを平然と言ってのける友永は其処まで焦っていないらしい。
「今は何をなさっているのですか?」
「現在は学長に呼ばれています。この事に関して追及されているのかもしれません。」
「平然と大変な事を、これ下手したら私にも追及の手が来るじゃないですか。」
竹島は感情を堪えきれず焦りを表面に出した。
「大丈夫ですよ。教授なら上手くやってくれるでしょう。その結果、私がこの書類の説明を竹島さんにするように頼まれていまして。意外と医学的な用語が多くてこの分野専門でない私と教授は苦労していたみたいですが、要点だけをピンポイントで解説していきますので、解りやすく資料は作り変えられています。皮肉な事に解りやすく書き換えられているからその密告生徒にもばれたんですが。」
大変な事になったと竹島は気が気でない。出されたコーヒーを持つ手が小刻みに震えた。
「大丈夫ですよ。そんなに焦らずとも事態は其処まで悪くなりませんから。」
どうやら友永は根拠の無い事を楽観的に信じるタイプらしい。竹島は教授と自分の身の安全を案じた。
今回の冒頭3篇は論文翻訳で二人の会話を通して描かれる形式をとっています。戦闘やスリルが無く暇でしょうが、ここでしかウイルスの作用には触れません。
お付き合い頂き有り難う御座いました。