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08

 天ヶ崎家の血筋は、本当に少し変わっていて、ある手段を行使することによって、自分の気に入った人間を【ファミリア】……つまり、眷属けんぞくのようなものにできる。


 2年前、3番街にのこのこやってきた若様を返り討ちしようとした日。莉都はまんまと若様の【ファミリア】になってしまった。

 どんな手段を使われたか、と聞かれても、それだけは絶対に答える気はない。


 話を戻すと、【ファミリア】は若様にとっての特別。若様の一部として従属させた者、ということで天ヶ崎家の家に仕えている使用人とは別の扱いになる。

 

 だから使用人たちは【ファミリア】となった人間を、【若様に選ばれし者】として自分たちとは明確に線引きをしている。槇が莉都に小言を言っても、命令をしないのは、そういう理由もある。


 槇も如月も、そして田崎も、使用人はみんな、天ヶ崎家に、若様に紙面上だけでしか契約を交わしていない。その忠誠は彼らの心だけに縛られる。そんな彼らにとって、常人の力では交わすことのできない契約で身も心も全て忠誠を誓う【ファミリア】は、格別の存在。どんな褒章よりも欲しい誉である。


 だからこそ田崎は、【ファミリア】であること、そのありがたみを分かっていない莉都の言動に、反発したのだ。

 それは決して珍しいことではなく、莉都がその件で何人かの使用人に疎まれてることは本人が一番知っていること。田崎のように【ファミリア】を羨む使用人はたくさんいる。


 けれど【ファミリア】が何であるかを知ってはいても、実際にその契約にどんな代償が支払われているかを、本当に理解している人間は少なかった。


 田崎は真面目そうな人間だから、そのあたりもしっかりリサーチしていると思っていたのだが。


「死ぬって……でも、え……っと」


 思考が追いついていないみたいで、田崎は目を回している。たしかに、ちゃんと伝えるには順序を飛ばしすぎた気がした。面倒だな、と思いつつも、このまま話が進まない方が面倒な気がして、莉都は最初から説明をやり直す。


「若様と【ファミリア】の契約をした人間は、若様に身も心も忠誠を誓うっていうのは、田崎さんも知ってますよね」


 莉都が断言するように問うてみると、田崎はコクリと頷いてくれた。そして、田崎は逆に自分の知る【ファミリア】について教えてくれた。


「【ファミリア】は常に若様のそばにいて、若様の命令を守り、若様に反逆するような行為は一切できないって……常に、若様のために、それが……【ファミリア】」


 そのとおり。だから莉都は若様を殴ることもできないし、彼に火を向けることだってできない。彼を傷つける行動は、何1つ。


 まるで教科書に書いてありそうな文章を、田崎は莉都にそらんじてくれる。模範解答のような、悪い話はすべて取り除かれた、ある意味詐欺っぽい説明。


 莉都は身体が気怠さにのまれて硬直しないように、小さく身じろぎをする。


「そうです。それが【ファミリア】。……でももし、若様とある一定距離以上離れてしまったら……あるいは、若様が私を『いらない』と思ってしまったら……」


 田崎に視線を向けると、田崎は首を傾げた。話の続きが気になるみたいに、不安げに瞳を揺らして。莉都はその瞳から目をそらしてやる気なく答える。


「私の心臓がバーーン」

「ひっ」

「ってのは、冗談ですけど……まあ、そうなったら死ぬらしいです。どんなふうに死ぬのかは分からないですけど」


 莉都は面白がるわけでもなく、平然とした顔で淡々と語り続ける。


「だいたい離れたら1時間で体は動かなくなって、半日も経たずに心臓が止まるらしいです。若様に『いらない』って判断されちゃったら……そのときは、猶予もないみたいですよ」


 自分の命が関わる話を、莉都は静かに恐れることもなく告げる。

 今まさに、莉都は若様と離れて30分が経つ。あと30分経てば体は動かなくなって、数時間経てば死ぬかもしれないというのに。


「怖く、ないんですか」

「怖いから、若様のそばにいて、面倒な命令聞いてるんじゃないですか」


 莉都は当然のことを聞くな、とでも言うような調子で田崎に答えた。

 若様に出会った頃の莉都は、心の底から若様のことが嫌いで、何度も若様を殺してやろうと思っていた。

 けれどそれは契約の元、身体が拒絶してしまっているからできなくて。だからと言って、若様のもとを離れれば自分の身が危ない。試す気にもなれなかった。


「私、昔から死にたがりと思われてもおかしくないことばかりしてたんですけど……普通に昔から死ぬのは怖いんですよ。怖いから、喧嘩ばかりしてたんだと思います」


 この話は【ファミリア】の説明には必要のない余談。

 こんな昔話を口にするのは、身体が本格的に死に向かっているからなのだろうか。


(死にたくないくせに……若様のそばを離れるなんて、アホだけど)


 自嘲して、莉都は目を閉じる。

 声を出すのもやっとなくらい苦しい。


 ハァッと頑張って息を吐き出す。すると、身体が少しだけ浮くような感覚に襲われた。


(……あのアホが移ったんだろうね)


 莉都は1人小さな笑みを浮かべ、さっきよりも大きく身じろぐ。折れた腕の痛みを我慢しながら、腕を縛る縄をはずそうとしていた。

 きつく縛られてどう見ても外せそうにない縄。けれど莉都は、器用に指を動かしている。本来、繊細な動きをする慎重さも、腕の痛みに耐える体力すらも、もう消える時間帯だというのに。


「莉都さんっ、む、無理ですって……け、怪我も、身体もっ!」

「大きな声出さないで。……バレるから」


 まだ見張りの5人はこちらを注視していない。むしろ彼らは扉の向こうを気にし始めている。


(……やっぱり)


 扉前の男たちの声に紛れ、微かに外から声がする。

 莉都は苦笑しながらも、近くの壁に背を預け、壁に奇妙に埋め込まれたちょうどいい鉄くずに、縄の結び目を差し込んだ。

 抜ける。その確信を得ながら、莉都は田崎を静かにさせるべく、彼の思考を莉都の縄から離そうとした。


「田崎さんは、どうして【ファミリア】になりたいと思ったんですか」

「そんなの今、関係な……」

「どうしてですか」


 莉都が冷静に問いかける。本気で知りたいわけではない。だが、今はこの質問に集中してほしかった。


「【ファミリア】は……若様に選ばれた、すごい人だから、です」


 つまり、名声が、肩書きが欲しかったということ。彼の答えとしては意外だったが、実に素直な答えだ。

 その答えには微かに好感が持てて、莉都は意味のない質問にほんの少しだけ意味をもたせた。


「天ヶ崎の使用人もすごいですよ。それになれるって……テスト難しいって聞いてますけど」

「それでも、【ファミリア】は別格です」

「そうでもないですよ。ただ、お屋敷の掃除しなくていいとか槇さんの言うことを聞かなくていいってだけの話です」

「違います!」

「声」


 田崎が小声ではあるものの、少しだけ声を荒げる。莉都が注意すると、田崎は申し訳なさそうに下唇をかんだ。とはいえ、からかうような莉都の言い方がまずかった。

 幸い、見張りの5人は作戦会議か何かに夢中になっていて、自分たちの声に田崎の声がかき消されたようだ。


「田崎さん」


 だから莉都は今度こそ、真面目な話を口にする。


「【ファミリア】と使用人の違いは……仕えてる相手が若様であるか、家自体であるか。本当に、たったそれだけですよ」


 その違いは曖昧に見えて、とても明確なこと。


「田崎さんたち使用人は家のために動く。その上で若様を守ることが優先されてます。でも私は、何があっても若様を守らなきゃいけないんです。たとえばもし若様が現当主様に、この家に、いらないものとして捨てられそうになっても、誰が敵になっても、わたしだけは若様を守らなきゃいけないんです。たった1人になっても」


 そんなことは一生ないかもしれない。田崎にとって、天ヶ崎の家に仕えることが、このまま一生若様に仕えることと同義になるかもしれない。

 それでも若様は求めていた。


「無条件に自分のことを守ってくれる人が、若様は欲しかったんです。そのために【ファミリア】が必要で。でも【ファミリア】になるってことは、その人の人生をかけてもらわなきゃいけません。自分の都合のいいように命を操れる、そう思える相手じゃなきゃ【ファミリア】にはできません」


 若様の思いひとつで、莉都の命は簡単に消えるから。


「だから、若様は……私なんかよりよっぽど田崎さんたちのことを大事にしてるんですよ。自分のために人生を壊してほしくない。自由を与えた上で、選択肢を与えた上で、田崎さんたちにそばにいてほしいって」


 若様に聞いた話ではない。これは莉都の想像。本当のことは分からない。


「だから、私は……【ファミリア】をすごいとは思いません」


 そこまで言うと、莉都の腕の縄がパサリと外れた。

 そこからの莉都の動きは早い。素早く自らの足の縄も解き、足を伸ばして近くに転がるナイフを手元まで滑らせ、田崎の縄を切る。


「おまえ、何してる!」


 莉都が大きく動き始めたことに気づいて、見張りが会議を打ちやめる。慌てて莉都の方へと駆けていくが、もう手遅れ。


「おいっ、来るぞ!!」


 扉前に立つ男が叫んだ。

 瞬間、扉が大きな爆発音を立てて壊れた。


「わぁわぁ、久々にこんなん使うたけど、相変わらずド派手やわぁ。俺好み」


 バズーカのようなものを肩に担いで、如月が楽しげに呟く。

 その傍らにはため息を吐いている槇。そして――。


「僕の大事な家族・・に、何をしてくれたんだい」


 似合わない怖い顔をして立つ、若様がいた。

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