06
1人、また1人と殴り倒して、残り7人。
疲れを感じているが、まだ半分も相手にしきれていない現実に、莉都は少しガッカリする。
(……体、だいぶなまってるなぁ)
十数人を相手に1人で戦うのは2年ぶりだ。
2年の間、若様が狙われることはたくさんあったし、全然体を動かしてないわけではない。けれど相手が片手で数えられるくらいのメンバーか、単独か、あるいは本当にテロみたいな大規模か、そんな状況にしか出会わずにいた。
こんな風に制限されたエリア内で、中途半端な人数相手に1人で、無秩序無計画にやり合うのは久しぶりのこと。
「……っ」
両方向から莉都を狙って男たちが向かってくる。右の男は椅子で殴りかかろうと、左の男は自前のアーミーナイフを莉都に向けて。
コンマ秒単位で反応が遅れ、莉都はナイフを避けるも振り下ろされた椅子から避けきれない。振り下ろされた椅子を片手で受け止めると、激痛が体に走った。
こんな痛みは2年とはいわず、何年も味わったことがない。らしくないヘマをして莉都は顔を歪ませる。
毎日が戦争みたいだった昔は、悪意の矛先をどうかわせばいいか、考えなくとも反射的に理解して上手に避けられた。やはり2年の平和ボケは莉都の感覚を少なからず狂わせている。
「ふっ、うっぐ、莉都さん!! ぐっはっ!」
自らを拘束する男の腕から、なんとか口を離して田崎が叫ぶ。けれど両手を縛られたままの田崎は何もできない。それどころか勝手な行動をした分、男たちに殴られている。
田崎の悲痛な声を聞き、莉都は自分の腕の痛みにかまうことなく、自分を狙った2人の男を蹴散らす。
片腕が使えず、仕留めることはできない。けれども間合いをとることはできたため、莉都は自分を狙う男たちにはかまうことなく、田崎を囲う3人の男の元へと床を蹴った。
飛びかかる莉都に対し、田崎の右に位置する男がしめたと笑む。背に持っていた三節棍を振りかざし、飛び込んでくる無防備な莉都をなぎはらうべく振るった。
「な、に……っ」
しかし棍の先は莉都の髪先にすら触れない。着地点もない空中で、まるでそこに地があるかのごとく足首をバネにして、体の向きを変える。かわした棍の先に、足を乗せた。
「使えそうなの、持ってんじゃん」
小さく呟いて、莉都は踏み場にしている棍を逆手に取る。男の手にのる特徴的な二連のホクロに視線を這わせながら、その手から棍を引き抜いて、莉都はくるりと体を翻す。そうして奪い取った棍で、男を薙ぎ払った。
そして息継ぐこともなく、大きな弧を描いて振り払った棍を、くるくると器用に回して、背後から襲いくる男の腹に棍をぶち込む。そのぶち込んだ状態のまま、続いて前方から襲いかかる男を蹴り上げ、垂直にあげた足をそのまま振り下ろした。
「調子のんじゃねぇぇぇえええぞ!」
先ほど仕留め損なった2人がまたしても莉都に襲いかかる。莉都は三節棍を男の腹から抜き、地面について体を浮き上がらせる。高跳びの要領で自分の体を浮遊させ、そのまま棍を放って駆けてくる男たちの背後へと移るべく、宙を舞い踊った。
頭上を華麗に回転しながら飛ぶ莉都を、間抜け面で男2人が見上げている。莉都は着地の余韻に浸ることなく、ついた足をそのままスライドさせて、まず1人の男の足を払う。よろけ倒れる男をそのままに、莉都はもう1人の男の首に背後から腕を回した。
「ひ、ぃっ」
莉都に喉をしめられ、男の声が奇妙に不発する。
それも気にすることなく、莉都は男の首に絡めた腕を勢いよく引いて、ちょうどバタンと倒れた男の真上にもう1人も押し倒した。
なまっていても、洗練された戦闘マシーンのような動き。
莉都が拳を握り腕を振り上げると、組み敷かれた2人の男たちの悲鳴が響き渡る。
「待てよ、女ァ」
莉都の拳が男たちの顔面スレスレで止まる。莉都の視界の端には、首元にナイフを当てられた田崎の姿が映った。
「り、と、さん。俺の、ことは、気にしな……ひっ」
莉都に迷惑をかけない。自分でそう口にしたから気にしているのだろうか、田崎は青ざめた顔で携えられたナイフに震えながら、「気にするな」と告げてきた。
(気にするもしないも……あなたを守るのが今回の命令の1つでもあるんですけど)
莉都が動きを止めると、組み敷かれていた男が莉都の腕を引っ張る。
(……ああ、やばい)
抵抗しようと力を入れるも、莉都の腕には力が入らない。
莉都はされるがまま床に体を押し付けられた。
形勢を逆転され、莉都は激しく頭を床に打ち付けられた。
「い……っ」
「莉都さん!!」
これくらいの力相手に、莉都が負けるはずはない。少し体をよじって蹴り上げれば、自分を押さえつける忌々しい男を跳ね除けることくらい余裕、のはずだった。
第一に、男に組み敷かれてしまうヘマを起こすなど、莉都にとって論外の話だった。
(……若様と離れて、10分くらい経っちゃったか)
頭が痛む。折れた片腕も、じんじんと痛みを増していく。
疲れと怪我で、体が思うように動かない。何より、体がさっきよりもはるかに重くなっていた。
「どうしたぁ? さっきまでの威勢はどこいったよ、お嬢ちゃん」
ニヤニヤと笑いながら、男が莉都の腕を縄で縛り上げる。
莉都も抵抗するのは諦めて、おとなしく腕を縛りつけられていた。
「人質2人、うち1人は若い女だ。……俺たちが動かなくても坊ちゃんを誘き出せる」
莉都たちを助け出すために、若様がまたこの部屋へ戻ってくると思っているのだろう。男はニタニタと汚い笑顔を浮かべながら、莉都の足も縄で縛った。
「このクソ女。さっきの仕返しだァ!」
莉都の腕と足が縄で縛られたのを確認すると、先ほど莉都に三節棍で殴られた男が、莉都の顔面を殴った。莉都は殴られた勢いのまま床に転がる。
「や、やめてください! 女の子に!」
自らも縄に縛られた状態で田崎が叫んでいる。若様を狙うようなロクでもない人間に、常識を投げつけようとしているところは、経験値の低い新人感丸出しだ。
すると、暗い部屋の中で不気味な笑い声が広がる。ケタケタケタ。田崎を拘束している男の右隣。一歩引いた位置にいるその男は覆面に手をかけた。
「こいつが女ァ? わっひゃっは! こんな凶暴な女、オレァ今まで1人しか見たことねーなァ」
ただ1人、覆面を剥いだその男は、莉都にも見覚えのある顔をしていた。顔というよりは、男の頬にある傷に、見覚えがある。
「ヨォ、見なくなったと思ったらこんなところにいたのかァ? 3番街のメスザルが」
久しぶり、などというのんきな返しは浮かばない。「3番街」という単語を出す人間に、懐かしさこそあれ、浸る思い出は皆無。
「てめぇがつけてくれたこの傷、覚えてるかァ? 弓森ィ」
愛でられる日々に慣れて、自分を恨む人間の方が世の中に多いことを、少しだけ莉都は忘れていた。