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05

「若様、一応槇さんに聞いてみたんですが……『邪魔だから木彫りは検討しません』、とのことです」


 若様の命令通り、すぐに連絡をとってきたらしい田崎が小走りでやってきて、申し訳なさそうに告げる。

 その返答を聞いた若様は少し残念そうな顔をしたけれど、すぐにコロッと表情を変えて「なら仕方ないかぁ」とヘラヘラ笑っていた。


「じゃあ、そうだね。パーティーが始まるまでのあいだ暇だし、会場の探検でもしようか」


 と、何を言い出すかと思えば、またそんなのんきなことを言っている。本当に自分の立場が分かっているのかいないのか。


「わ、若様。格式あるパーティーとはいえ、危険です! ま、待ち合いの部屋に向かいましょう」


 おずおずといった様子ではあるものの、田崎は使用人らしく、槇の言いつけ通り若様の奔放な行動を止めようとする。しかし、まだ未熟な田崎に止められるほど、若様の少年並の好奇心は静かなものではない。


「だめだよ、シュウ。それは京介の考え方! 人はもっと広い世界を見ないとね。閉じこもるのは良くない」


 あたかも正当なことを言っているかのような物言いで、ふふんと若様が語っている。言葉自体は正当かもしれないが、この場合は正当化しているだけのようにも聞こえる。

 けれど田崎は若様の返答に翻弄されて、どうすべきか混乱しているみたいだ。

 このままではキリがない。莉都が口を開きかけると、別の人物が3人の元へと歩み寄ってきた。


「天ヶ崎様、門前にてお迎えできず、申し訳ございません」


 タキシード姿の男がそんな声掛けをしつつ、若様にこうべを垂れた。

 パーティーのために懸命にセットしたのか、ぴったりと撫でつけた髪は、艶というよりも油っぽい感じがする。

 第一印象一発で「苦手な種類だ」と判断し、莉都は嫌悪感丸出しで顔を引きつらせた。「うえっ」と声を漏らさなかっただけ、自分を偉いと思えるほどに。


「いえいえ。……えっと、こちらこそ申し訳ないのですが、あなたは……?」


 若様は眉を下げながら、相手の素性を尋ねる。若様はこう見えて顔と名前を覚えるのはわりと得意なほうの人間だ。その若様が覚えていないということは、おそらくほぼほぼ面識のない人間なのだろう。

 若様が尋ねると、油髪の男はふるふると首を横に振った。


「私めは、このパーティーの主催者の使いでございまして、天ヶ崎様をしばしお待ちいただくためのお部屋へと連れいたします」


 案内役だと告げ、男は胸に手を当て若様にお辞儀をする。


「それはありがたい。まだ主催の東雲しののめ殿にご挨拶をしていないのだけど……」

「そうでしたか! ではお部屋にお連れしたのち、東雲様をお呼びいたしますね」


 男が気さくな笑顔で告げて、若様を案内しようとする。

 一歩足を踏み出す若様を、莉都はその腕を引いて止めた。


「……莉都?」

「若様」


 莉都が言いたいことを目で訴える。けれど莉都が思い当たる違和感に、当然若様も気づいていた。


「ここは京介の言葉を借りて、行動を起こさせてみよう。……桐臣をこっちへ向かわせて」


 似合わない真剣な顔で言って、若様は莉都の手をすり抜け、油髪の男の後ろをついていく。


「莉都さん。若様はなんと……」


 莉都と若様が静かに繰り広げたやり取りが気になったらしく、田崎は真剣な顔で尋ねてきた。けれど莉都はその質問に答えない。いじわるをするつもりではなく、単にこんなところでしっかり説明してあげるわけにはいかないからなわけだが。

 莉都は田崎の顔を一瞥いちべつすると、すぐに視線を戻して、右腕にはめた時計のあるボタンを押す。

 そのボタンを押したところで、時計には何も変化は起こらない。

 代わりに、この敷地内のどこかで、如月の、時計をはめた腕が震えているところだろう。


「別にたいした話じゃないです。……でも少し気引き締めておいてくださいね、田崎さん」

「お、俺は莉都さんと違っていつも気を引き締めて……っ」

「ならいいです。ていうかそう意味じゃないんで、気にしないでください」


 意味のない声掛けをして、莉都は自らの発言と真逆な緩い態度で、若様の後ろをついて行った。




★★★





 男に連れられ、莉都たちは邸の奥へ奥へと突き進む。

 会場となるホールから遠く離れ、廊下の先へと進んでいく。

 上位の人間に対して、ホールの賑わいが聞こえないよう、落ち着ける部屋を用意する主催者もいるが、それにしても遠い。


 邸の構造も、天ヶ崎家よりもはるかに迷路になっている。曲がり角と扉が多すぎて、来た道を思い起こすのも難しい。


「こちらです」


 何度目かの扉をくぐった後、男が大きなベージュの扉の戸を開けた。

 綺麗な灯りで照らされた、立派な部屋。

 足を踏み入れ、莉都は自分の考えが「杞憂だったか」と安堵する。


 そのときだった。


「……っ!」


 バッと扉が閉まると同時、眩しいほどに照らされていた灯りが落ちた。


「若様!!」


 莉都はすぐに若様の腕をとる。真っ暗で、視界はただの黒。

 若様が目の前にいたということだけを頼りに手を伸ばし、莉都は若様の腕を掴んだ。


「……予想通りだね、莉都」

「予想通りじゃないですよ、バカ若様。予想以上に厄介です、これは」


 莉都は辺りに気を巡らせる。まだ目が慣れず、周囲に何があるかは分からない。


 けれど、意識を集中させれば、耳に届く雑音の微妙な歪みと、不自然な気流で、ザッとではあるが室内の人数は推し量れる。


「……8、いや10人かそこら。単独じゃなくて集団。向こうはかなり計画立ててますよ」


 莉都がボソボソと答える。

 視界はまだ開かない。けれどそれは向こうも同じ。暗闇に目が慣れる時間にほとんど差はないはず。それでも微々たる差の話をするなら尚更関係ない。

 この室内にいる人間がいかなる野蛮人であったとしても、おそらくこの中で一番暗闇に目が慣れるのが早いのは莉都だ。


「田崎さん。……田崎さん?」


 状況を把握した後、莉都は田崎の存在を気にかける。しかし、莉都の呼びかけに田崎は反応しない。

 莉都が眉を寄せると、少し距離のある場所で、荒い息遣いが聞こえた。


「ふ、ぐっううっ!」


 その声に耳を傾け、莉都は目を凝らす。

 暗闇の中に輪郭を見つけ、目が完全に慣れた。黒い覆面の男が12人。そしてその中の1人に、田崎が捕まっていた。


「若様、田崎さんが人質にとられました」


 まだ目が慣れていないであろう若様に、莉都がその事実を告げる。すると若様は「え!?」と声を裏返し、そのまま体を動かそうとした。


「バカなんですか、若様。動かないで、ジッとして……あなたは黙って守られててください」

「莉都、その台詞はなかなかグッとくるけどね。でもシュウを放っておけないよ。シュウのことも助けないと……っ!」

「分かってます」


 いつもは跳ねるような明るい声音で口にする冗談のような台詞も、今は低い声で紡がれている。若様が焦っていることは、莉都にもちゃんと伝わっていた。


 油髪の男が怪しいことも、田崎が足を引っ張ることも、若様は分かっていたこと。

 ただこの暗闇と、狙う輩の人数が多すぎたこと、これが誤算だったのだ。


 相手が5人いないなら、まだ莉都1人で若様をかばいながらシュウのことも救って、相手を潰すことも可能。

 けれどこの人数では、さすがの莉都とて全員無傷で守れる保証がない。


「田崎さんも守れってのが、今回の私の仕事ですから。それは約束します。でも何言われたって私が最優先するのは私の命なんで」


 最優先が若様の命だなんて、綺麗事でも口にする気はない。

 けれど莉都にとって、自分を守るということこそ、若様を守ることに等しいのだ。


「若様には指一本触れさせません。田崎さんを助け出すのは、その後です」


 莉都が真剣に告げる。

 瞬間、扉の向こう側で激しい強打音が数発分、響いた。そのすぐ後、扉が勢いよく開く。


「若! 遅なってすんません!! GPSでもこの迷路くぐるんむずくって! ……ってなんやの、この量」


 暗い部屋に光が差し込む。光の先には息を切らした如月が立っていた。莉都の呼び出しブザーに反応して、如月はすぐにこちらへ向かってきたらしい。

 彼の足元には油髪の男が倒れている。如月もこの部屋の中で起きている事態を理解していたみたいだが、やはりこの人数が想定外だったらしい。


「格式あるパーティーや言うてんのに、なんで不審者こないに入り込んで……っ、わわっ、弓森!?」


 如月がブツブツ考えをめぐらせているのは無視で、莉都は如月に向かって若様を投げ飛ばす。

 受け止めてもらうというよりは、ぶつける形で、若様を如月のもとへ、部屋の外へと莉都は追い出した。


「いった! 弓森、激しいわ、アホやん!!」

「……っ、莉都! 待って!」

「如月さん、早く行ってください! 若様を安全なところへ!」


 莉都は犯人たちを逃さないよう、扉を閉めながら叫ぶ。

 如月も優秀な使用人。莉都が言わずとも、若様の命を何より優先する人間だ。如月が若様の腕を掴んで、その場を離れようとする。

 けれど若様が、その力に抵抗してわずかにその場に踏みとどまった。


「莉都! 僕と離れたら……っ!」

「1時間で片付けますから問題ないですよ。……だから早く行ってください!」


 莉都はそう叫んで、扉を完全に閉めた。


「お嬢ちゃん、命知らずかなぁ? 天ヶ崎家の使用人様はさすがだねぇ。忠犬精神あっぱれ」


 暗闇の底、莉都は嘲笑に囲まれる。

 イライラする下品な笑い声は、どこか懐かしさすら感じる。

 その懐かしさに身を任せたら少しだけ、過去の自分を呼び起こすことができた。


「面倒は本当にごめんなんですけどね」


 莉都の目つきが変わる。

 人質1人を手に入れた12人の敵を前に、莉都は1人、手を鳴らし、慣れないヒールは脱ぎ捨てた。


「女1人で戦う気かよ、カッケー」


 嘲笑が莉都に聞こえる。

 男たちは本来この場に招かれざる客。物言いと、似合わない正装、彼らからはかつての莉都と同じ匂い・・がする。

 どうしてそんな人間がここに入り込めたのか、それはかなり疑問なところではあるが、後で聞き出せばいい。


 ゲラゲラと下品な笑い声が耳障りに響いた瞬間、莉都は足に力をいれる。

 そして、一番手前にいる男の顔面に飛び蹴りをかました。


「ごちゃごちゃうるっさい。黙ってよ。聞くのも面倒だっつの」


 倒れこむ男の顔面に足をつけたまま着地し、隣にいる男をそのまま回し蹴る。

 その俊敏な動きに誰の目も追いつかない。


 まず2人蹴散らして、莉都は自分に背後から襲いかかってくる男を背負い投げる。そしてその腹に振り上げた肘を容赦なく埋め込んだ。


 激しい音が響き渡り、一気に男3人が意識を失う。

 マニュアル通りに訓練された動きではない。その様を見て、残り9人の男の顔色が変わった。


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