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03

 天ヶ崎家は日本有数の名家。

 でもただ家柄がいいだけではなくて、天ヶ崎の血筋は少し変わっている。

 だから若様も普通の人とは違う。性格はもちろんド変態の変りものだが、そうではなくて、根本的に人として他人ひととは違うのだ。


 そういう面倒くさい事情を抱えたお家柄が、天ヶ崎家の他にあと5家か6家か、10家だったか……とにかくそれくらい、いるらしい。


 とりあえず、そんな天ヶ崎家の次期当主である若様は、本当は凡人が話しかけることすら許されないくらい、お高い地位にいる人なのだ。


「ようイチゴ牛乳とご飯一緒に食べれるよなぁ〜。俺、お前のその偏食具合はある意味尊敬してるで」


 無駄に広い部屋で、莉都はみんなと朝食をとっていた。

 隣には若様がいて、斜め前には軽ノリの使用人こと如月がいる。

 周りがみんな和食にお茶や水といった状況で、莉都は同じ和食を食しながらイチゴ牛乳を共に飲んでいた。ちなみにこれは莉都にとって最高の食事の組み合わせなのである。


「莉都がおいしそうに食べてくれるなら僕はなんでもいいよ。ほら莉都、もっとお食べ」

「いやいや、若は弓森に甘すぎるって。明らかまずそうやん。体に悪そうやわぁ」

「放っといてください」


 莉都は2人のやりとりに冷たく言い放って、黙々と食事を済ませる。

 しかし、莉都の目の前に座る新人の使用人はいまだ若様と一緒にとる食事に慣れていない様子だ。


「シュウ? 体調でも悪いのかい? 食事がまったく進んでいないけど。……それとも嫌いなものでも?」

「い、いいい、いえ! 全然! 食事も美味しいです!」


 シュウ、と呼ばれる新人使用人は緊張のあまり声を裏返している。先週天ヶ崎家の使用人として採用された彼にとって、若様はまだまだ遠い存在。この距離で話すことに緊張を通り越してある種の恐怖を抱いているような状態だ。


「シュウくん、緊張しすぎやて〜。若はすごい人やけど、怖い人やないで。とってくったりせぇへんよ」

「うん。僕がとって食べるのは、莉都くらいなものだよ」

「セクハラもたいがいにしてください」


 若様に対して、莉都のそっけない暴言は止まらない。

 それが新人使用人にとっては信じられない光景らしく、彼はとうとう箸を置いて莉都のことをじっと見つめてきた。


「……なんですか?」

「あ、いえ。その、莉都さんは……若様との距離感が近くて、すごいなぁ、なんて……」


 新人使用人は気まずく笑う。彼のぎこちない様子は今始まった話ではないが、莉都は愛想笑いを浮かべる彼にため息を吐いた。


「あのー……えーっと、田中さんでしたっけ?」

「田崎です。田崎、シュウ」


 うろ覚えだった名前を訂正されて、やっと莉都の頭にその名が刻まれる。そうして彼の名前を覚えなおした上で、莉都は彼に話しかけた。


「田崎さん、私より年上なんですから敬語とかいいですよ。なんか逆に気遣いますし」


 莉都は現在17歳。対する田崎は今年21歳かそこらだ。

 そんな相手に敬語を使われるのはなんともむずがゆい。

 もともと敬語なんてものとは無縁の世界で生きていた莉都にとっては、特にムズムズするのだ。


「で、でも……莉都さんのほうが先輩ですから。そこはちゃんとしないと」

「先輩じゃないですよ。私は、ここの使用人じゃないですから」


 莉都が淡々とした様子で答えると、ピシッと音を立てるように田崎のまとう空気に亀裂が入った。

 それに若様も如月も反応するように、手を止める。莉都もそれをちゃんと感じ取って「ああ、しまった」と心の中で後悔していた。


「そ、そうですよね。莉都さんは、俺なんかとは、立場が違いますもんね」

「別にそういう意味じゃ……」

「あっはは! シュウくんは俺らと同じ立場やねんから、めっちゃ優秀な使用人ってことやで?」


 淀む空気を払うように、如月がフォローしてくれる。


 そう、莉都と彼ら使用人は立場が、位が少しだけ違う。

 彼ら使用人にとって、莉都の立場はなりたくてもなれなかった地位。

 言葉の配慮が足りなかったことを後悔しつつも、そういうところに気を配らなければいけないことに煩わしさを感じてしまう。


 莉都は、昔から善人ではないのだ。


「若、食事は済みましたか? ……ん、何かトラブルでも?」


 ちょうどいいタイミングで槇が部屋へとやってきた。

 おそらく朝食の終わりのタイミングをはかって、今日の予定の確認にやってきたのだ。

 部屋の空気が悪いことを察したらしく、槇は心配顔で尋ねてくる。しかし若様は笑顔で首を横に振った。


「いいや、何も。美味しい朝食だったよ。京介も一緒に食べればよかったのに」

「料理長に伝えておきます。俺はお先にいただきましたからご心配なく。むしろ若より先に食したご無礼を」

「京介は堅苦しいなぁ」

「若は緩すぎです」


 冷静に失礼のない言葉で返しながら、槇はバインダーを持って咳払いを挟んだ。


「それでは、本日の予定を」


 槇が今日1日のスケジュールを語り始め、みんな彼の言葉に耳を傾けた。


「この後、食事と身支度が整い次第、若にはパーティーに出席してもらいます。お偉方が多く参加なさいますので粗相のないように……といっても、天ヶ崎家より上位の者はいらっしゃらないので、ある程度は問題ないかと」

「やだなぁ。僕はどんな場においても粗相なんて起こさないつもりだよ」


 人の部屋で粗相しか起こさない人が何を言っているのかと、莉都は心の中で突っ込んだ。

 口にするとまた面倒なことになりそうなため、心の中に留めたままイチゴ牛乳をコク、コクと飲み続ける。


「それぞれの配置については、以前話したとおり、如月はパーティー内にて周囲の動きを確認。怪しい動きをしている者がいたら見つけ次第報告を」

「おっけい、任せてや」

「田崎は如月のサポート。如月の動きを見て、次は1人でその役回りをこなせるようにイメージしておけ」

「は、はい!」

「で、弓森」


 如月と田崎への報告を終え、槇はそのまま莉都へと視線を向ける。莉都はストローを咥えたまま、視線だけ槇に返した。


「お前は若のそばにいること」


 変わらない、いつも通りの指示に、莉都は返事をしない。

 指示というより、それは莉都が厳守しなければならない事項だ。

 使用人ではない莉都は、槇の命令を聞く必要はないし、聞く気もない。だから槇もそれ以外の命令は莉都にしない。

 それが常。

 けれど今は、直前までの会話が尾を引いて、その槇の対応すら心苦しくなる。


「俺は今回は他の仕事が控えていて、後から合流になる。だからすぐに対処はできないし、下手なことはするなよ」

「向こうが下手なことをしなければ、何もしませんよ。面倒なの嫌いですから」


 莉都は飲み終えたイチゴ牛乳を机の上に置く。

 すると、若様が莉都と槇の会話に口を挟んだ。


「京介。今回は僕のそばに、莉都と……シュウを置いてくれ」


 突然の若様の提案に、莉都だけでなく、その場の全員が驚いた。

 莉都は即座に若様を振り返り、田崎は目を丸くしている。如月に至っては飲みかけの水を喉に詰まらせていた。


「若、それはいったいどういう意図でのご提案ですか?」

「シュウも、ここへきて1週間が経つ。一通り仕事は覚えたほうがいいし、今回あたりで僕の側近の役回りをさせてみたらと思っただけだよ」

「今回のパーティーは参加人数も多く、会場も広いですし、危険も多いです。だからシュウに仕事を覚えさせるにしても今回ではないと判断しての、ポジショニングですが」


 さすがは槇だ。よく考えて、そのときの最適な人員配置をしている。

 若様の気まぐれな意見に、簡単に耳を貸すわけにはいかないのだ。


「若を狙う輩はごまんといると、そろそろ自覚を持ってください」

「うん。自覚はしているよ。だから、莉都が今ここにいるんじゃないか」


 若様が莉都の肩を抱く。その言い方は間違いではないが、今口にするべきことではない。やはり田崎の表情が曇ってしまっている。


 さっさと話を切り上げてパーティーに赴けばいいものを、どうして面倒なことをしているのか、莉都は顔を上げて若様を睨んだ。


「若様のそばにつくのは私だけでいいですよ。他の人が一緒なんて面倒ですから」

「お、俺は莉都さんに迷惑をかけたりは……っ」

「田崎さんがしなくても、私は田崎さんに容赦なく迷惑かけますよ。それでいいですか?」


 莉都は淡々と冷たく言い放つ。田崎が言葉を詰まらせると、若様が莉都の頭をトントンと優しく叩いた。


「莉ー都、あんまりシュウをいじめないで」

「いじめてないですよ。事実を言ってるだけです。もし変なヤツが出てきたら私は容赦なく喧嘩売りますし、それで田崎さんに何かあっても私は対処できません」

「できるよ、莉都だもの」

「だから、できないって」

「莉都」


 若様の真面目な声が室内に響く。

 滅多に出さない真剣な声を、こういうときに出すのは若様の卑怯なところだ。


「今回は、僕とシュウを守ること。これは僕の命令」


 人懐っこい笑顔で、お願いするように「命令」を口にする。

 誰の命令だって聞く気はない。

 けれど若様の命令だけは絶対に守らなければならない。

 それが、使用人ではない莉都がこの家にいる理由であり――。


「……分かりました」


 莉都と若様の『契約』だった。

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