理沙 不安と期待
うちから隠れるように流していた涙。「ごめん」の一言も言えずに固まっていた自分に嫌気が差す。
近づくのが、恐いと思う自分がいた。あのときまでの、由実といた時の居心地がよすぎて、近づくと壊れてしまうんじゃないかと踏み出せなくて、結局すれ違った。
わたしは由実が好きで、きっと由実もわたしのことが好きで、それに気づけないでばらばらの方向に向かってしまう。
頭の中は由実のことだけでいっぱいになって、部活にも勉強にも全然身が入らない。ある日の練習中には、まん前から飛んできたスパイクが顔にぶつかって、鼻血と腫れが治まらなくて早退けしてしまった。先生やテームメイトには「暑さでぼーっとしていた」とごまかしたけど、心の中は由実でいっぱいで。逢えなくて苦しいし、寂しい。
日が経てば経つほど、私の心は由実で溢れる。でもどんどん欠けていって、そこから冷たいすきま風が吹き込んでくる。夏の盛りだというのに、心の中は真冬だった。あたためてくれるのは、由実しかいない。
由実の影が、遠くに見える。追いかけても、追いかけても、由実には追いつけなくて、それどころか影はどんどん小さくなる。気がつくと、深い深い森の中。葉の間に見え隠れする由実に向かって走って、木の根に引っかかって転ぶ。由実の姿はもうどこにも見えなくなって、帰り道もわからない。
「由実―っ!」
力の限り叫ぶ。しかし返事はない。聞こえるのは、木の葉の揺れるさざめきと、小鳥の歌。聞き間違えるはずのない由実の声は、どこからも聞こえない。
もう、一人ぼっち。心が押しつぶされて、涙があふれて止まらない。今更、転んですりむいた膝の痛みに気づく。胸のあたりが苦しい。道に迷ったわたしは、ただただ途方にくれるしかなかった。
――瞼が重い。目覚ましの音がやけに耳に障る。今日は部活は無いはずなのにな、と不思議に思って時計の日付を見る。そうだ、今日は登校日。9月はじめにある修学旅行の説明会があるはず。
部屋にいても蒸し焼きにされそうな暑さを振り払って、学校に向かう。陽に当たると暑さが一段と増すけれど、久々に由実に会える。そう思うと、なぜか暑さがちょっと和らぐ気がする。
教室に着くと、由実はいなかった。鞄も掛かってない。いつもはわたしより先に教室にいるのに。嫌な考えが頭をよぎって、――慌てて消し去る。きっと、登校日であることに気がついて、いそいそと学校に向かってるところなのかもしれない。頭の中で想像して、くすっと笑う。
始業のチャイムが鳴るとき、廊下からぱたぱたと足音が聞こえる。がらっと開いたドアの向こうには由実がいた。長い髪は乱れてて、顔中に汗の玉が浮かんでる。きっと大慌てで来たんだろうな、ってちょっと由実のことをかわいいな、と思ってしまう。
「由実、あはよ」
久々に会えて、嬉しさのあまり。
「うん、おはよ」
それに久々に見た向日葵みたいな笑顔で返してくれる。
「珍しいね、こんな時間になって」
鞄からタオルを取り出しながら答えてくれる。まだ上がった息は完全には収まってないのに。
「実はさ……」
1か月ぶりだけど、由実がまだ「友達」だったときみたいで、また一緒に話しができて、飛び上がりそうなくらい嬉しい。
由実と一緒にいられるだけで、こんなにも嬉しくて、ドキドキするなんて。
――やっぱり、由実のことが好きだな、うち。
改めて、そう思えた瞬間だった。
両作ともまだまだ感想等絶賛募集中です。