由実 一つの勇気
もう2ブクマされてるなんて……!
どうしよう、生まれてからこんなにも緊張したことはない。吹き出る汗は暑さのせいだけじゃない。
昇降口には何の物音も聞こえない。帰りのSHRが終わってから一時間は経っているし、部活で学校にいる人も今頃それぞれの場所で汗を流しているはずだ。
あの人の心のような、爽やかな白でそろえた手紙。他の誰にも見られないように、持ってる中であの人みたいな星のシールで、私の思いを込めたものにしっかりと鍵をかける。
靴箱の戸の開くきぃっと言う音が反響する。あの人のローファーがきちんと揃ってあるところの、さらに上の段に、私の思いをそっと置く。
戸を閉めた後の静けさに、ついあの人と会ったことを思い出す。昨日のように思い出せるあの時、あの人は私の視界に突然飛び込んできた。それから、私の心の中は、あの人で膨らんでいったんだ。
私は親の引越しの都合県外から受験してこの学校に入ったから、気の合う友人なんて誰もいない。そんなことここに入るときから分かっていたけれど、いざその状況になると、寂しいと思う自分がいた。土地勘も知り合いもないここで三年間も過ごすという、まったく想像のつかない事におびえていたのかもしれない。
それでも一年のときにはどうにかなった。みんなにとっても、新しい環境だったからだ。県内からの受験でも、同じ中学からの子がいない人達もけっこういたから。みんなは私を温かく迎えてくれて、クラスにもけっこう友達を作れた。女子のグループの一つに入って、休み時間はずっとその中で話しわいわいと話していた。
でも、二年になって、クラス換えで、仲良くしていた人達とはクラスが離れてしまった。端のほうの席で、ぽつんと座っているだけになってしまって、突然底なし沼に突き落とされた気分だった私を救ってくれたのは、隣の席にいたあの人だったんだ。
授業も本格的に始まって、もう2年生なんだな、という実感が嫌でもわいてしまう頃。復習の小テストが戻ってきて、クラス中が休み時間のように騒ぎ出す。早くに解答用紙が戻ってきたので解説を見ながら見直していると、突然隣のほうから声をかけられた。
「ねえ、ここわかる?解説みてもさっぱりでさ」
隣の席の理紗さんだった。指差す問題は、なんとか解けたとこだった。
「あ、ここ?ここはまず角Bを余弦定理で出して……」
自分の回答を見ながら、わかりやすいように考えて教える。赤ペンで丁寧にそれを書く理沙さんになぜか目が離せなくなる。
「おぉ!はまった!」
こちらを見て、目を丸くしている。かわいい、と一瞬思ったのを慌てて消そうとする、けれど、頭に張り付いて離れない。
「ありがとね、由実」
由実。言われた一言で、とくん、と胸が高鳴る。
「ううん、理紗……さん」
「理紗でいいよ、みんなそう言ってるし」
鼓動が早くなる、わたし、どうしちゃったんだろう。
「り、理紗……?」
顔中が熱くなって、それを見られたくなくて、うつむいた身体に、上ずった声。
「うん、ありがと!」
きっと優しい笑顔になってるんだな、と思う。顔の火照りがまだおさまらなくて、顔を上げられないけど、その笑顔さえ頭の中では見たみたいに思い浮かぶ理紗さんの姿。
それから、ふと気がつくと理紗さんのほうに目がいってしまうようになっていた。何の偶然かは分からないけれど、席替えをしても理紗さんの隣になれたことが、ちょっと嬉しいと思った。
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