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お弁当

「ユキ君。今日はね、昨日お母さんが桜大根を買ってきたから枝豆とか胡麻と一緒にお米と和えて混ぜご飯にしたの。桜大根のおかげでごはんがピンクに色づくからお弁当が普段よりもちょっと鮮やかになっているでしょう。お父さんや結人ゆうとやユキ君は二段弁当でおかずとごはんが別でお米単体になっちゃってるからあんまりわからないかもしれないけれど、お母さんや私みたいに一段でおかずと一緒に詰め合わせる場合だとね、すごく彩りが華やかになるの」

 私はユキ君の方へ少し自分の弁当を押し出し見せた。ほうれん草のおひたし、玉子焼き、パステルカラーのピックで留めたハム巻きトマトといったおかずと一緒に詰められたピンク色のごはんは普段と違った彩りになり、可愛いいお弁当を演出できたと我ながら思っている。

 一コマ九十分の大学の講義の二限目終了後の昼休み。私はいつものようにユキ君と二人でお昼ごはんを食べようとしていた。毎日私は自分を含めて家族全員分プラス、ユキ君のお弁当を作っていて、それを昼休みに彼と一緒に大学構内のカフェのようにテーブルと椅子が並んだアメニティスペースで食べるのだ。ユキ君は今四年生で、ゼミ以外全ての単位は習得済みでほとんど大学へ来なくていいのに、二年生でまだ毎日授業のある私に合わせて余分に講義を取ったりと予定を埋めて通学してきているのである。

「結人にもまだお弁当を作っているのかい?」

 ユキ君の険のある声音に私はしまったと思う。

 結人は私の双子の弟だ。ユキ君は彼が男で私と同い年であるため、姉弟であるにも関わらず嫉妬するのだ。結人のことを異性として見たことは一度もないし、これからもそれはあり得ない。結人は私にとって大切な家族であり好きだけど、それはあくまでも弟としてだ。結人だって私のことを姉としか見ていないに違いない。私と結人は仲が良くて、私はブラコンと、結人はシスコンと周囲から冗談でからかわれることがたまにあるけれど、それに姉弟として以上の意味合いはない。結人とは生まれた時からずっと一緒で、生活も共にしていてお互いに相手のことを知り過ぎている。だから恋愛感情なんてとてもじゃないが湧かない。当たり前のように一緒にいた相手を特別だとは当然過ぎてとてもじゃないけど思えないのだ。異性の兄弟姉妹がいる人には、この親以外の異性の家族に対する情愛の絡まない感情をよく理解してもらえる。しかしユキ君は異性はおろか同性の兄弟もいない一人っ子なため、何度訴えてもそれをわかってくれないのだ。

「そうよ。だって家族だもん。お父さんやお母さんの分も作るのに、結人だけ仲間はずれみたいに作らないわけにはいかないでしょう」

「家族ねぇ。けど大学にはコンビニも食堂もあるだろう。わざわざ結菜がお弁当を作ってやる必要はないと僕は思うけど」

 とても刺々しい声でユキ君は言う。機嫌を悪くしたことがありありとわかる。

「た、確かにユキ君の言う通りお弁当じゃなくても食べる場所はあるけれど、そういう問題じゃないでしょう。私は作るのなら家族みんなに平等に作ってあげたいの」

「ふ~ん」

「でも、ユキ君にだけ今日は特別に梨を持ってきたんだよ。ほら、りんごみたいに梨でうさぎさんにしてみました!」

 話題を逸らすため、私はユキ君にだけ持ってきたタッパーの蓋を開け、中に入っている二切れのうさぎに見えるように切り込んだ皮付きの梨を見せる。

「食べる時は皮が邪魔になると思うから言って。今日は携帯用のフルーツナイフを持ってきたから、ユキ君のために完全に切って取り除いてあげるね」

 私はさらに折りたたみ式で刃先が収納された状態になっているフルーツナイフをバッグから取り出し、テーブルの上に置いた。ユキ君は自分のためだけにという特別をすごく喜ぶ。これで機嫌を直してくれるといいのだけれど。

「結菜、いくら僕に剥いてあげようとするためとはいえ、不用意にナイフなんか持ち歩いちゃ駄目だよ」

「え……?」

 予想外のユキ君の反応に私は戸惑い、間の抜けた声を出してしまった。

「銃刀法違反で警察の取り締まり対象になるんだよ、刃物を持ち歩いたりしたら」

「でも、これ、フルーツナイフよ。他の人に見せびらかしたりしないし、それに梨の皮を剥くために持ってきただけで誰かを刺すためなんかじゃないわ」

「それでももし結菜が処罰とかされたら嫌だから、ナイフを持ち歩くのは禁止。わかったかい?」

「……うん。じゃあ今日だけで、もう持ってくるのはやめるね」

 ユキ君に諭され、私は素直に頷いた。反論したところでどうせ言いくるめられてしまうだろうし、別に意地になる理由もなかった。無駄にユキ君の気を損ねることもない。それに結人のことをうやむやにできるのならばそれで充分だった。

 そんなことを内心思っていたが

「あと、結人にお弁当を作るのも今日で最後にするんだよ」

と決して強い口調ではないけど、謎の威圧感を覚えるユキ君の言葉に私の表情は凍りつく。いや、固くなってしまっているだろう。

「どうして……?」

 固まってしまった顔の筋肉を無理やり動かし私はなんとか笑みを浮かべ、ユキ君に尋ねる。

「結菜はそんなに結人にお弁当を作ってあげたいのかい?」

「だって結人も家族だから……」

「そんなに結人のことが大事なのかい?」

「……」

 私は何も言えなくなってしまう。いくら結人も家族だからと主張したところでユキ君はわかってくれない。結人を異性として見たことも思ったこともないのに、ユキ君はそうだからと思い込む。

「結菜が好きなのは僕だよね? 結人じゃなくて」

「……好き、というか愛しているのはユキ君ただ一人よ」

「じゃあ、結人に結菜がお弁当を作る必要はないよね。もうやめてくれるよね」

「……」

 ここで頷けばユキ君は機嫌を直してくれるだろう。けれどそんな安請け合いすれば、彼は必ず本当に私が結人にお弁当を作っていないかどうかをありとあらゆる手を使ってチェックするに違いない。

 ユキ君のために結人にだけお弁当を作らないなんて……。どうしてそんな意地悪な真似をしなければならないのだろうか? お弁当を作る相手さえユキ君に従わなければならないなんて……。

 自分の内側から不満が生まれてきているのがわかる。真っ黒なそれが胸の中で重くわだかまり、心が圧迫されるかのように痛みを発した。

「……わかった。結人にお弁当を作るのはやめる。それで、いいでしょう?」

 本当はこんなこと言いたくない。そう発するのを拒むかのように口が痺れた。けれど無理やり言葉を紡いだ。

 ユキ君は絶対に納得してくれない。私が妥協しなければ譲歩するまで責め続けるだろう。それどころか結人に直接口出ししに行きかねない。

 私がユキ君に従えばいつも丸く収まるのだ。それに結人ならば事情を話せばきっとわかってくれるだろう。

「うん。じゃあ明日から結人にお弁当を作るのはなしだよ。そうだ、指切りでもしようか」

 さっきまでとは打って変わってにっこりと笑うユキ君はそう言うと、小指だけを立てた握りこぶしを私に向かって出してきた。私もユキ君と同じように右手を握り、小指を彼の小指と絡める。

「はい、約束。結菜は良い子だから大丈夫だと思うけど、破ったら駄目だからね」

 指きりげんまん嘘吐いたら針飲ますという決まり文句はさすがに言わず、ユキ君は絡めた指を上下に振るのみで離した。

 機嫌を直したユキ君と指を触れ合わせたのに、私の胸はなぜかギュッと絞めつけられるかのように苦しかった。











 

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