古代文字
リレー小説第6話です。
担当 :立花詩歌
代表作:FreiheitOnline-フライハイトオンライン-(http://ncode.syosetu.com/n9073bd/)
前述の通り、おとぎ話や伝承ははっきりしているところはそのままでも不明なところは歪んで伝えられることも多い。それと同じくらい事実の一部が象徴化していることも珍しくない。
一例として、出雲の水害を八つの支流になぞらえて神格化したとされる八俣の大蛇が有名どころだろう。
また、悪王を人食い虎としてえがいたり、権力や悪を象徴化したドラゴンを倒す英雄譚も多く残っている。
この村に伝わるおとぎ話も、『魔女』というフレーズがある個人を指しているとは限らないわけだ。
そもそも『魔女』という言葉を聞けば、10人中10人がまず『魔法を使う女性』という意味を浮かべるだろう。
しかし未来が知っている常識の範疇で考えるなら、魔法というものは存在しない。これが大前提だ。
神原幸治がわざわざ『科学』と大別したことが少し気になるが、その程度の些末な理由でこの大前提が崩れるほど、現代文明――今となっては七億八千年前のものらしいが――の発展に貢献してきた科学者たちは無能ではないはずだ。
つまりおとぎ話の魔女とはあくまでも象徴的なものであり、強大な力を持ち女性的な性質を持つ何か、ということになる。
(もっとわからなくなったな……)
あまりにも現実味のない話にあわや『人知を超えた力を操る魔女』の存在すら肯定してしまいたくなるくらい、未来の頭の中は混乱していた。
「あの……」
おずおずとかけられた声に、未来はようやく顔を上げた。
「どうかしたんですか、怖い顔して……」
不安そうに見つめてくるメルの姿に、未来は思わず怯んでしまう。
「あ、いや……」
「もしかして……その文字が読めるのですか?」
「……どういうこと?」
未来が聞き返すと、何故か一瞬目を逸らしたメルは少し目をつりあげておもむろに口を開いた。
「その文字は、古代文字なんです」
「古代文字?」
「現在では一部の人間にしか読むことができない昔の文字の1つです。便宜上、コージェンと呼ばれている言語です」
おとなしくメルに抱かれているフーリィが未来とメルの顔を交互に見て、まるで人さながらに首を傾げている。
「これが……古代文字……? でもメルは普通に話してるじゃないか」
「……? 何をですか?」
「これだよ。このバスて……じゃなくて剣に書かれてるのと同じ日本語で」
「にほん語……? この文字が、あなたの言っていたにほん語なのですか……!? い、いえ、そっちはどうでもよくて……えっと、えっと、そうッ! あなたにはこの文字を解読することができるのですか!?」
未来の手を取って詰め寄ったメルは、まるで悲願を達成したかのような真剣な表情と強い口調でそう訊ねてくる。
「解読……っていったいどういうこと?」
「あ」
肩が跳ね、ハッと我に返ったかのように身を引くメル。
わずかに目を逸らそうとする辺り、言ってはいけないことを言ってしまった時のような反応だった。
しきりに村の中央の方を気にするようなそぶりを見せていたかと思うと、
「こ、こっちに来てくださいッ」
とフーリィを抱きかかえたままもう一方の手で未来の腕を強く引っ張り、ログハウスの裏口から家の中に引き込んだ。そして入ってすぐに扉を閉めると、再び未来に詰め寄った。
「これから聞くことは、聞かなかったことにしてください」
話を聞く前から聞かなかったことにしろという無理難題を突きつけられた未来は、メルの顔が至近距離10センチと近いこともあってとりあえず小さく頷く。
その時ちょうど未来の目に入ったのが、メルの左腕と胸に挟まれて、ギブアップするように小さな前足でメルの腕をぺちぺち叩いているフーリィの姿だった。
息苦しいのかは知らないが、なんて贅沢な――もとい、可哀想に。
代われるものなら代わって下さい――もとい、代わってやりたい。
「絶対に他言無用ですよ。ついさっき、私があの文字を読める人がいると言ったのを憶えてますか?」
「ついさっきのことだからね」
「それはココノ村の住人のことなんです」
「ここの村の?」
「はい、ココノ村です」
「ん? 村の名前がココノなの?」
「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」
なんて紛らわしい、と口に出さなかったのは懸命だろう。メルは真剣なのだ。
「えっと……村では昔の表記をずっと使ってたんですけど……あれがそうです」
後ろに振り返って、メルが指差した壁の一部。入ってきたのとは別の、廊下側の扉の上の高いところに大きめの木の板がかけられていた。端の方が黒ずみ、炭化しているのは何かの焼け跡なのだろうか。
その中央に大きく彫られていた3つの文字は少し形が崩れてはいるが、少なくとも未来にはこう読めた。
『古近衛』
本来、『ココノ』ではなかったのだろう。ある程度原形をとどめて読むとすれば、なんとか『ココノエ』と読める。
古い表記と言っていたし、長い年月の間に最後の『エ』音が消えてしまったのだろう。よくあることだ。
「それでココノ村っていうのはここの村のことなのか?」
「ココノ村は2つもなかったはずなので、たぶんそうだと……ってココノ村を知ってるんですか!?」
話が神がかり的に噛み合っていない。全ては紛らわしい村の名前のせいだろう。未来にとって幸いだったのは、『ここの』と『ココノ』のイントネーションが微妙に違っていたことか。
「そうじゃなくて、ココノ村っていうのはこの村のことなのかって訊いてるんだよ」
メルはキョトンとして、
「あ、いえ。ココノ村はここの村のことではなくて、ここの村からずっと北方にあった村のことです」
「……あった?」
「今はもうありません。数年前に滅びてしまいましたから……」
そう言って伏し目がちに俯いたメルの表情で、未来はなんとなく事情を察した気がした。当然、続くだろう言葉も。
「私と私の父だけがココノ村の生き残りだったんです……」
こらえるような悲痛な声に、未来は思わず胸の辺りに痛みを覚えた。
「ココノ村はずっと昔から村を上げて古代言語の研究をしていました。誰も想像できないくらい、ずっと昔からです。そして私の父、いえ私の家系は、現代語の起源と言われている古代文字、あの剣にも記されている言語コージェンを研究していたんです」
つまり、コージェン=日本語ということなのだろうか。
そして今、メルが喋っているのはコージェンの、日本語の流れを汲む新しい言葉。大した違いがあるようには感じないが、あのバスて……剣に書かれている文字が読めない以上は違う言語なのだろう。
「でも、読むことはできても読み解くことはできませんでした」
「……どういう意味?」
未来が聞き返すと、パッと顔を上げたメルは静かに呟くような声色で、
「一部の現代語と共通する部分の音まではわかるんですが、それが何を表しているのか、その意味がわからないんです。それ以外の複雑な文字になると、発見されている資料のほぼ全てが音すらわかりません」
未来は、唖然としていた。開いた口が塞がらないとはこのことなのだろうか、半ば思考停止状態に陥る。
「驚くのも無理はありません。口止めを堅くされていたので、ココノ村のこと、そしてコージェンの研究のことも、私から人に話すのは初めてですし」
未来の様子を純粋な驚きと勘違いしたメルが、そう補足してくる。
しかし、メルには悪いのだが未来が驚いているのはそこではなかった。
七億八千年前の、つまり未来がいた時代の資料が残っていることに驚愕を禁じ得なかったのだ。
「その資料、見ることできないかな?」
もしかしたら地震のことや魔女のこと、そして神原幸治のやったことがわかるかもしれない、それを期待しての言葉だったのだが、メルは首を横に振った。
「今までに見つかっていた資料は全て、村と一緒にほとんど焼けてしまったんです。残っていたのはあの剣と村の入り口にかけてあった板だけで……」
あっさりと期待が打ち砕かれ、後ろの壁に背を預ける未来に、メルは疑問と困惑色に染まった目を向けつつも、
「それでその……本当にコージェンが読めるんですか?」
おそるおそるといった様子で訊ねた。
「たぶんね」
「ホントですか!?」
「ああいう文字をコージェンと呼んでるのなら、大抵読めると思う。もちろん意味も含めてね」
「じゃ、じゃああの名前にはどういう意味があるんですかっ?」
少し興奮気味の様子で、壁にかけられた例の看板を指差すメル。
未来は少し考え込むと、
「固有名詞になると読みも意味も推測でしかないけど、あれは『ココノ』じゃなくて『ココノエ』って読むんだと思うよ。最初の文字は『古い』、後ろの二文字は『偉い人の警護をする人たち』を意味してるから、昔、ココノ村の人たちはそういう仕事をしていたのかもしれない」
「スゴい、スゴい! 嘘じゃないんですよね! デタラメ言ってるわけじゃないんですよねっ」
再び未来の両手をとり、子供っぽく跳ねて喜びを表現するメル。
ずっとささやかすぎる抵抗を続けていたフーリィはそのせいで急に腕から解放され、落ちそうになるところを上下に揺れるメルの胸にしがみついて耐えている。
(本気で羨ましいぞ、フーリィ!)
などと未来が考えていると、我を忘れていたメルもさすがにフーリィの存在に気づいたようで、またも抱え直して胸元にホールディング。
思わず視線が移る大義名分として考えればナイスプレーなフーリィは、再びぺちぺちとささやかな抵抗を始めた。気に入られて結構なことじゃないか。
「じゃあ……えっと、これは?」
部屋の中央の木製テーブルに歩み寄ったメルは、置いてある無地の紙の束から1枚を取って何処からか取り出した羽ペンで何やら書き始める。
未来が歩み寄ってその手元を覗き込むと、記憶を頼りにしているのか時々手を止めながら、看板同様少し形が崩れた文字を書いていく。
『貧乳』
(ナニこの展開……)
背中を嫌な汗が伝う。
意味を知らないのだから仕方ないとはいえ、選択が最悪だ。
「未来さん?」
「あ、いや、えっと……読み方は『ひんにゅう』だよ」
「ひんにゅー? 意味は何ですか?」
「……その……胸の小さい女性」
「……へ?」
一瞬固まったメルが、気まずそうに目を泳がせる。そして、再び自分が書いた文字に視線を落とし、
「へ、へーそうなんですかー」
声が裏返っている。
「う、うん。そうなんだよ」
沈黙と静寂が襲ってくる。
「……」
「……」
その気まずい空気を破ったのは、廊下に面した扉が開く音だった。
「ただいま」
「お、おかえり、フィー」
続いて室内に響く幼げな声に反応したメルは、さっきまでの空気を誤魔化すようにそう言った。まだ少し声が上ずっているが。
扉を開けたのは、メルより年下に見える女の子だった。簡素なレザースカートの腰の辺りに茶色のポーチを着けている。
フィーと呼ばれた少女は扉を開けた場所から動こうとせず、立ち尽くしたままジッとこっちを眺め、
「メル、逢い引き?」
可愛らしい仕草で首を傾けた。
「ち、違う!」
メルの即時全否定とほぼ同時に振り向いたフーリィの無垢な黒い瞳が、慰めを含んでいるようでつらい。
「えっと……メル、その子は?」
「あ、はい。フィー、この人は白川未来さん。今日からこの家に住むことになったから、よろしくね。ほら、自己紹介して」
こくっと無言で頷いた少女は――ズルッと、何かを引きずって部屋に入ってきた。
「私は“狩人”フィエリテ・クロワ。食べる? さっき狩ったの」
引きずっていたそれ、血がにじんだ薄手の皮袋を振り返り、指し示してくる。
「その大きさ……猪?」
「うん。最近畑を荒らしてたみたい」
さも当然のように、そんなやり取りを交わすメルとフィー。
「一人で……?」
袋の大きさは一メートルはある。猪にしてはかなり大物だ。多少は狩りの経験もある未来でも、下手すると怪我では済まない。
「心配しなくてもいいよ。私は魔法が使えるからね」
大前提が崩れた。
初めましての人は初めまして、またお前かの人はまた私だ。
はい、立花詩歌です。
長くなってごめんなさい。
気がついたらこんな尺になっていました。
モフ回の予定でしたが、まさしくモフ展開にできなかったので真面目にやりました。
フーリィのぺちぺちで和んでいてください。
次回は長谷川レンちゃ、レンさんです。
お楽しみに!
立花詩歌