第一の試練
リレー小説第4話です。
担当 :辺 鋭一
代表作:大罪のゲーム(http://ncode.syosetu.com/n8304bc/)
村について話し出そうとして、しかし言葉を止めてしまったメルの表情に暗い色を見た未来は、これから彼女が口にする内容はあまり良い物ではないのだろうと考えた。
果たして、その予感は大当たりすることになる。
「……実は、私の住む集落には掟がいくつかありまして、それを破ると災いが降りかかる、と言われているんです」
「掟……?」
何とも時代錯誤な代物が存在する物だ、とも考えたが、現状から判断するにこの世界は今まで未来がいた世界から七億八千年程経った世界らしい。
それだけの時間が過ぎれば、文化が一周どころか何百週かしていてもおかしくはないだろう。
そう考え、ふと顔を上げた未来は、黙り込んでしまった自分の様子をうかがっているメルに気が付き、あわてて先を促した。
「……ああ、ごめん。続きを話してくれ」
未来のその言葉に、メルは一つ息を吐き、それから真剣な顔で話し始める。
「それでですね、いくつかある掟の中に、外から来た客人を招き入れる時の物もあるんです。
それを守らない者は、長老たちから集落に入ることを許してもらえません」
「……つまり、試験のようなもの、か……?」
RPG然とした展開に戸惑いつつ、未来は自分なりに解釈をして尋ねる。
少々強引だと思っていたその考えに、しかしメルはこくりと頷くと、
「正確に言えば『試練』になるのでしょうが、その認識でもかまわないと思います。
そもそもこの掟は、外から来る余所者がこの集落にとって『害成す者』であるかを判断するためのものだったそうですし」
そう言ってメルは未来の顔を、どこか迷うような表情で見つめ、
「……正直、私は貴方のことを信用して良いと思っています。
出会ったときには『この野郎宮刑に処してやろうか』とか考えましたけど、その後すぐに謝ってくれましたし、何よりここまでの道中でも特に妙なことは起こしませんでしたし」
一歩間違えていたら男として終わっていたらしい。
「ですので、長老たちには私が話を通しておきますから、無理をして掟通りの事をする必要は――」
ありません、と続けようとするメルを留め、未来は真っ直ぐ前を向いたまま告げる。
「やる。
それがメルの集落の掟だというのなら、従うだけだ。
……それに、いくらメルが説得したところで、長老さんたちが完全に納得してはくれないんだろう?
だったらボクは、ここの人たちとより良い関係を築くためにも、その『試練』、受けて立つ!」
「……本気ですか?
別に、貴方がそんなことをする必要はどこにもないんですよ?
私が間に入れば、皆だって――」
「そんな簡単に掟をないがしろにしては、規範の意味がないだろう?
それに、本当に仲良くなりたいのなら、メルに頼っちゃダメだ。
ボクの方から歩み寄る努力をしなきゃ、な」
「……本当に、やるんですね? やった事によってどんな結果が降りかかっても、自己責任ですよ?」
「大丈夫。ボクは一度言ったことはまげたりしない!
さあ、ボクはどんなことをすればいいんだ? 教えてくれ!」
●
それから十数分後、未来は全ての準備を整え、試練に挑もうとしていた。
「……試練の内容をもう一度確認します。
貴方は我が集落に代々伝わる神聖な衣装――はもう風化してボロボロなので、そのレプリカを身にまとい、入り口の手前から決められた振り付けに従って踊りながら前に進み、集落の中央にある広場まで進んでください。
そこで先行した私と貴方が握手をすれば、それで試練は終了です。
……何か疑問はありますか?」
「…………………………………………………………いっぱいある」
「なさそうですので、私は先に広場まで向かいます。
私が広場に着くまで、ここで待っていて下さいね?」
「……だから、疑問はいっぱいあるって……!」
そう言いながら未来はメルに詰め寄ろうとするが、当のメルは未来が近付くのと同じ速さで後ずさり、結果二人の距離は変わらなかった。
「……あまり近付かないでください。いくら伝統的な衣装とはいえ、その姿で近寄られるのは生理的にきついです」
「――じゃあなんで着せたんだ!?」
「……貴方が着たいと言ったからですが?」
そう、確かにその通りだった。
この結果を招いたのは他ならぬ未来自身であり、メルは何度も『本当にやるのか?』と聞いてきたし、そのたびに未来は『やるったら、やる!』と宣言し続けた。
その点においては、未来に非があるのは明らかだし、わざわざ集落に戻って衣装を持ってきてくれたメルに対して文句を言うのも筋違いだということも理解している。
だが――
「いくらなんでも、この衣装はないだろう!?」
……さて、ここで今まで触れていなかった――というか、触れたくなかった未来の姿を確認してみる。
まず、上半身は何も身にまとっていない。
筋肉質ではないがだらけてもいない、そんな実用的な絞り込まれた無駄のない体つきは、いっそ芸術的ともいえる。
ここまでなら、夏真っ盛りにでもなれば時折見かける光景だ。
初心な者が見れば恥ずかしがるだろうが、生憎未来はそこまでではない。
……問題は、下半身だ。
それは、白かった。
形状は、とある一部を除けば相撲に用いられるまわしに酷似していた。
……それの前部から、白鳥の首を模した飾りが伸びていなければ。
それの見た目を説明しようとすれば、デフォルメされた白鳥の長い首の部分のみを切り取り、その切断面をまわしの腰帯の前、へその下あたりに張り付けた様な物、と言えば通じるだろうか。
長さ50センチほどの首を若干上向きに逸らしたその鳥は、どこか誇らしげに見える。
ためしに少し曲げてみれば、それはどんな素材を使ったのかわからないが柔軟性と程よいしなりを持つようで、手を放してみれば勢いよく元の形に戻った。
現在未来は、上半身裸にその不思議なまわしをつけ、足には白くて薄い靴下――ストッキングだとは認めたくなかった――をはいている。
そのうえで、頭にキラキラ輝く銀色のティアラを付けている。
どこからどう見ても、立派な変態だった。
「……一つ聞かせてくれ。
この衣装、この辺りでは一般的なのか?」
「先ほどの私の反応を見てわからないようでしたら、もう少し具体的な意見を聞かせてあげますが?」
「……いや、いい。
正直、聞いたら傷心のあまり寝込む自信がある」
何も知らない者がこの場を通りかかれば、変態が女性の前でうなだれている奇態な光景を目にすることができるだろう。
ちなみに、先ほどまでずっとのんきにメルの頭の上で寝ていたフーリィだったが、未来がこの姿になったのを目撃して以来、メルの胸に抱えられてガタガタ震えている。
寝起きで友人の奇行を見た瞬間の絶望的な表情は、未来の脳裏に深く深く焼き付けられていた。
「……まあ、これも住人たちとの友好のためだ。気合入れてやってやるぜ!!」
「そうとでも言い聞かせないとやってられない、って顔してますね。
……どうしても嫌なら、もう少し汚染度の少ない簡易型の衣装もありますが?」
「……汚染って……。
――いや、ここまで来たらもう自棄だ! 毒食わば皿まで、って言葉もあるし、最後までやり遂げてやるぜ!!」
「その前に毒を食べないように注意すべきだと思いますけど……。
なら、私達は先に広場まで向かいますので、しばらくしたら打ち合わせ通り舞いながら来てください」
そう言い残して、メルとフーリィは集落の中に向かって行った。
しばらくその光景を見ていたが、メルが言った通り小さな集落だったようで、50メートルも進んだところで立ち止まり、未来に向かって手を振ってきた。
どうやら、覚悟を決める時が来たようだ。
「…………よし!!」
友好のため、という心以外をすべて封じ込め、今、未来は己が戦場へと一歩足を踏み出した。
●
この風習には、二つの意味があるらしい。
一つは、身にまとう物を少なくすることで無防備であることを表し、敵対の意思がないことを示すという意味。
もう一つは、あえて道化を演じることで住人に笑顔を与え、これから先の平和を祈るという意味。
どちらも友好のためには欠かせない物だ。
そう自分に言い聞かせながら、未来はメルに向かって近付いていく。
右手を真っ直ぐ前に伸ばし、同時に左手を後ろに伸ばし、さらに両掌を天へと向ける。
そして地面を蹴って軽やかに一歩を踏み出しながら、体からたなびかせるように左足を後ろに伸ばす。
その姿勢のまま両手をゆっくりと持ち上げ、天を見据える視線の先にある何かをとらえるように一瞬動きを止め、それを胸に抱えて抱きしめるように体を倒し、その動きを利用しておろした左足と右足をそろえ、優雅にくるりと回る。
そして動きは緩急つけども止まることはなく、メルの元へとたどり着くため、未来は無心で踊り続ける。
……そうでもしないと、無駄に高性能なこの耳は、人々の声を拾ってしまうのだ。
『……ああ、あの子もかわいそうに……』
『ねーおかーさん。あのひとなにやってるのー?』
『しっ、みちゃいけません! 家の中に入ってなさい!!』
何故だかぼやけてくる視界を、踊りに含まれる頭を振る動作で無理矢理戻し、ひたすらメルをめがけて行程を消化していく。
――そして、長かった50メートルの苦行をやっとのことで終えた未来は、なんだかすごく嫌そうな顔をしたメルと固い握手を交わした後、力を失い大地に崩れ落ちた。
その光景を始終見ていた住人からまばらな拍手を受けて何とか気を持ち直した未来は、目の前に立って気の毒そうに自分を見下ろすメルに声をかける。
「……これで、ボクは皆に受け入れられたんだな……?」
自分の中のすべてを吐き出すようなその問いに、メルはにっこりと微笑み。
「ええ、これで長老たちは文句なく貴方を受け入れてくれますね。
……住人たちはわかりませんが」
「…………………………え?」
なんだか、大事な物が抜けているような気がした。
「……あの、住人たちはわからない、って……」
「最初に言ったでしょう? 『この掟を守らないと、長老たちに認められない』と。
はっきり言いますが、この集落で現在この掟を重要視しているのは長老たちだけです。
大半の住人たちは、こんな見るに堪えない恥ずかしい風習はどうにかして廃止したいと考えています」
「――え? えぇーーーーーーー!!??」
ここにきて、衝撃の事実だった。
「……で、でも、長老さんたちが認めてくれないんだったら、ここの人たちも認めてくれないんじゃ……」
「……ここだけの話ですが、長老達はご高齢のため、年々頭の方を中心にガタが来ています……。
ですので、冷静で確実な判断ができなくなってきているんです。
よって、長老たちには名目上の指導者になっていただき、実質的には住人の中から選ばれた代表者数名で集落全体を動かしているんです。
……ちなみに、私もその一人だったりします」
「……と、いう事は、メルが『大丈夫』と言えばここの人たちは……」
「普通に受け入れてくれたでしょうね」
未来は頭が真っ白になった。
「……それじゃあ、今までのボクの苦労は……」
「はっきり言って、無駄以外の何物でもありませんね」
メルの容赦のない言葉にざっくりと心を切られた未来には、もう立ち上がる気力さえなかった。
「……じゃあ、なんで止めてくれなかったんですか……?」
「貴方が私の話を最後までしっかりと聞かず、誤解したまま勝手に突っ走っていったからです。
私は何度も説明しようとしましたよ? ですけど、そのたびに貴方は『大丈夫だ!』と言って聞く耳を持たなかったじゃないですか」
「そんな……。じゃあボクはただ単に恥を晒しただけ……」
座り込むこともできずにぐったりと寝転がってしまった未来に対し、メルは語りかける。
「私だって嫌でしたよ、あんなことをやらせるのは。
でも、集落の掟を積極的に守ってくれるという方の意見を代表者の立場で拒否できると思いますか?」
「……それは、そうかもしれないけど……」
倒れている未来から聞こえてくるしくしくという音をとりあえず聞かなかったことにしておいて、メルはにっこりとほほ笑みを浮かべると。
「まあなんだかんだありましたがそれはさておき……。
――ようこそ、我らが集落へ。
住人一同、心より歓迎いたします」
メルの言葉と同時に大きな拍手に包まれた未来は、ここの人が優しいっていうのは本当なんだな、としみじみ思ったという。
始めましての方は初めまして。そうじゃない方はごきげんよう。辺 鋭一です。
本日は、ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回のコンセプトは、『何とかしてカオスにしてやろう』でした。
その結果がこんな感じなのですが、いかがでしたでしょうか?
一応今まで出てきた要素は盛り込めたと思いますが、どこか妙なところがあった場合は私が馬鹿をやらかしたということになりますね。
このような企画に参加するのは私にとって初めての経験のため、どこかおかしいところがありましたら遠慮なくお叱りの言葉をお寄せくださいませ。
……とまあ、離す事も無くなってきたので、こぼれ話を一つ。
実はこの集落、名前をまわしからあやかって『ケン・シ村』にしてやろうかとも思ったのですが、さすがにそれはやりすぎだろうと思い断念した、というネタがあります。
さて、私の出番はここで一度終了です。
次回がいつになるかはわかりませんが、このペースだとわりとすぐに回ってきそうですねww
私自身の事情もあり、いつまでこの企画に参加できるかはわかりませんが、なるべく長く参加できることを願っています。
最後になりますが、ここまで読んでくださった貴方に最大限の感謝の気持ちを送りながら、次回担当のルパソ酸性さまにバトンを渡そうと思います。
失礼しました。
辺 鋭一