ボクの知らない世界
リレー小説第2話です。
担当 :たしぎ はく
代表作:死体が無いなら作ればいいじゃない♪(http://ncode.syosetu.com/n8097bd/)
「なあフーリィ。遭難したらまずするべきことはなんだかわかるか?」
少年が胸のポケットに――否、正確には、胸のポケットの中にいるエゾモモンガ、フーリィに聞いた。
特に答えを求めたわけでもなく、なんとなく一人で見知らぬ草原に放り出されて、黙っているのが難しかったのである。
そんなことは承知の上か、フーリィは何も言わない。エゾモモンガが急にしゃべりだしたらそれはそれで一大事なのだが。
「まずはな、持ち物確認をするんだ」
少年は、頭で思っていることを一つ一つ理解するように言葉にしていく。フーリィは胸ポケットから顔を出さない。寝ているのかもしれなかった。
「でもまあ、ポケットティッシュとサバイバルナイフしかないんだよなぁ」
少年が、面積にして富士樹海と大体同じ大きさである森に入るにはいささか軽装すぎる装備を取り出した。
彼の祖父はマタギ、森の中がホームグラウンドだ。
ゆえ、少年もサバイバルナイフだけで森に入って一週間は自給自足できる程度の技術と知識はあった。
「次にすべきことは水源の確保」
少年は目の前に広がり続ける草原を見渡す。
……広いなぁ。
遥か彼方、地平線まで草原は続いているように見える。
少年は、フーリィを気遣いつつも、地面に耳をつけた。長年の修練とカンで、水の音を聞いて水がある方向を探すのである。常人にはまず無理な芸当を、少年はさも当たり前のように行ったことから、彼の祖父は相当孫に厳しかったことがうかがえる。
少年は異常に耳がいい。
普通に耳がいいのではなく、異常に耳がいいのだ。これは生まれつきのもので、大学病院の吉崎とかいう有名な医者に診てもらったのだが、依然理由はわからない。悪いならともかく、良いならいいじゃない? とはその吉崎女医の談である。
事実、少年は地下水脈の流れる音を聞きとっていた。
地面から約一キロメートル下の、流れる水の音を、だ。
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「ほら、川だ」
少年がいたところ、森と草原の境界を右回りに沿うように一キロ。
彼とフーリィの前に、こんこんと流れる清流が現れた。
フーリィが気づいたのは三十メートル程手前からだが、少年の耳は、この川が流れる音を八百メートルほど距離が離れた位置から聞き取っていたことからも、少年の耳の異常がうかがい知れるものである。
しかし、少年は耳がいい。耳が良すぎるがゆえ、大きな音があると、小さな音がしていても気付けない。それが常人では聞き取れる音だとしても。
はたして少年は気づくことができなかった。
少年と同い年くらいの少女が、草原側から見るとちょうど木で隠れる位置にいたことを。
少女は、森側に一歩でも入れば見えるところで裸体を晒していた。
水浴びをしていたのである。
そんなあられもない姿で、ここに好き好んでくるような生粋のバカはわたししかいない、そう思っていたがために、少年の声に即座に反応することができなかった。
ボーイミーツガール、正しくその言葉が当てはまる状況が発生した。
少女と少年の目があったのである。
少年の悲鳴が大草原を揺るがした。
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「貴様! 何者か!」
少年の目の前で、少女が肩をいからせて赫怒している。
もちろん一糸まとわぬ姿である。少年は、せめて隠せばいいものを、と思わずにいられない。ごちそうさま。
「ボクは、えっと白河 未来」
何者か! と問われたので少年は名を名乗った。
何者か! と少女が問うたのは、何者かがまた自分の命を狙いに来たのかと思ったからだ。
だから、少年が名乗ったのは意外であり。
「ひぇ? あ、そうではなくて! またわたしの命を狙いに来たのかと……」
少女の怒りがそれた。口調が元の、地の口調に戻っている。舐められないように、スキを見せないように、教育を施されて身に付いた、堅苦しい、まるで武家の娘のような口調だが、敵(と思われし“人間”)があっけらかんと自己紹介をしたときの対処方法はなかったらしい。
そこへ、少年の追撃が入る。
「で、コイツがフーリィ。エゾモモンガ」
胸ポケットを軽くたたき、フーリィも紹介する。
フーリィが顔を出した。
「なんだ、起きてたのか」
フーリィはあたりの匂いを嗅ぐように、鼻を小さくヒクつかせている。
そして、跳んだ。跳躍した。少女へ向かって。
「え? きゃぁ――!」
先程はダガーのようなものを投げられて少年が悲鳴を上げたが、今度は、少女が悲鳴を上げた。
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「で、君は一体誰なんだ?」
少年――未来は、フーリィをモフモフしている少女に問う。いいなあ、ボクだってあんなにモフったことないのに……、と少し不機嫌であるがうまく隠している。
少女は答えない。
いや、問われたことに気づいていないのかもしれない。
……しかしフーリィよ、どうしてお前はそんなに嬉しそうなんだ……! ボクにもモフらせろ……! さもなくばボクと代われ……!
正直、フーリィをモフりたいのか、少女にモフられたいのか、よくわからない嫉妬をする未来は、少しアプローチの形を変えて少女に言う。
「なぁ、服、着ないのか? 色々見えっぱなしだぞ?」
大草原を、少年の二度目の悲鳴が揺るがした。
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「どうしてわかっていながらなにも言ってくれなかったんですか!」
未来は、少女に詰め寄られていた。当たり前である。
「まあまあ、君だって気づかなかったんだから、ボクをそんなに責めるなよ」
どうどう、と未来が少女をいなそうと両手をあげ――。
少女の胸に、ちょうど手を添える形となった。
……あー、これあれだな、今度は刺さるな、ダガー。
大草原を、少年の三度目の悲鳴が揺るがした。
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未来が所々にセクハラまがいな行動――本人は無自覚であるが――を繰り返しつつ、邂逅から約一時間、やっと少女の名前を聞き出すところまで来た。
少女は肌触りの良さそうなツルツルの作務衣のようなものを着ている。腰には剣帯がついていて、さきほどまで未来に投げ続けていたダガーは、そこに入れていたものだと思われる。
さて、当初のような、自分の命を狙うものは先に殺して自分の身を守る、というような態度は消え、反対に少女は、変態に対する警戒心と敵対心を持っている。あと、フーリィも少女の手の中だ。
……裏切ったな、フーリィ!
「わたしの名前は、メルクリウス=ゼ=ティリエ……いえ、あなたに名乗るような名前はありません」
少女は、半分ほど名前を言いかけて、やめた。
……変態に名乗る名前などありません!
「だから悪かったって。ボクが全面的に悪かった。このとおり!」
両手を合わせて謝罪。
名前が外人っぽいけど、日本語が通じるみたいだな。と、今更ながらに未来は疑問する。
「なぁ、えーっと、める……くり、うす?」
「名前を呼ばないでくれますか!?」
メルクリウスがダメ、ティリエの部分は最後まで言ってくれなかった。
……なら「ゼ」だな。
「なあ、ゼ。日本語が上手なんだな」
「なぁ、ゼ? なぜ? ですか?」
「あ、いや、そうじゃなくて」
少女――メルクリウスには通じなかった。
「あれだよ、メルクリウスがダメ、ティリエ……は聞き取れなかったから、じゃあ『ゼ』かなー、と」
「わたしを馬鹿にしているのですか!?」
未来は、本気で言っている。
「あー、もう、メルでいいですよ!」
「うん、メル。日本語上手みたいだが、日本に住んでいるのか?」
先程まで口調は怒っていたものの笑顔で固定されていたメルの顔が、何を言っているのかわからない、という形を作る。
今まで持続したフーリィのモフモフパワーも、さすがに未来の放ったわけのわからない言葉には負けるようだ。
「にほん……ですか? にほん語というのはそこの言葉のことですよね?」
「え? 日本を知らないなんてそんなことが……。またまたご冗談を」
未来はなんだかんだで楽観視していた。
サバイバルナイフがある、水源も確保した、モフモフ(フーリィ)もいる、それなら確実に生きていけると思っていた。生き続ければいつか祖父の家にも帰れるだろう、とも。
……ここは日本だ。じいちゃんの家にもそのうち帰れるだろ。
また、家族や近所の人が心配するかもしれない、という危惧もなかった。祖父があんなんだから、孫がふい、と姿を消しても、ああ、また白河んとこの小倅が消えたか、程度にしか思われないのだ。
だが少年は知らなかった。
「いえ、にほんなんて国、この世界中を調べてもないと思いますよ? つい最近世界地図が完成して、わたしもその世界地図を見ましたので」
「いや、でも、君が話してるのは日本語だろ?」
確かにその通りである。
未来が話しているのは確かに日本語であり、メルが話しているのも少なくとも未来の耳には日本語のように聞こえる。
「あ! ちょっと待ってください、日本……思い出しました!」
「まじで!」
とりあえず勢いで言ったものの、未来は言ってから気づいた。日本はそんなに思い出さなければならないほどマイナーな国ではないはずだ。
「日本……たしか、七億八千年前にこの国、ヨスガメーリフのある土地で栄えてた国ですよね!?」
少年の口が開いたままふさがらなくなった。
次回予告
「お前は……行方不明になっていた……!」
「わさびがたっぷり」
「アッー!」
「バッカモーン」
「姉さん」
「タラちゃんです」
「ちゃーむ」
「いそのー、野球しようぜー」
※次回予告には、99,9999%の虚偽とたしぎ はくの妄想が含まれています。
ご了承ください。
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たしぎ はく