第六章『エルシド』
第六章『エルシド』
高度経済成長のおあまり故か、高校に進学した少年だったが、
元来勉強嫌いだし、大学は基本的に選択肢になかったので
落第および退学だけをさける方針で高校生活を送った。
バイトが忙しいのでクラブ活動は、マジなものはできない。
そこで選んだのができたばかり…というか創設途上の
漫画研究会だった。
上級生はおらず、いつ活動が始まるかも定かでない漫研は
とても居心地がよかった。居なくてもよかったので…
この漫研はまんがを描くというより、文字通り研究する会であった、
手塚治虫や石森章太郎、赤塚不二夫などについて語り合い、
『まんがは芸術だ』で締めくくるのが常であった。
このパターンは卒業後、OB会という飲み会になっても
あまり変わることはなかった。
創設メンバーが三年になった頃、さすがに何か残そうと
いう話が持ち上がった。マジなまんがは誰もかか…かけないので
白地のノートに回り持ちで合作はどうだろう。
就職が決まり暇だった少年が基本設定を引き受けた。
とりあえずタイトルは『エルシド』
中世スペイン救国の英雄を描いた映画…チャールトン・ヘストン主演
サミュエル・ブロンストン制作…とは、もちろん関係ない。
近未来、世界は滅亡の危機にあった。
医学の進歩と長く続いた平和によって人口が堪え難いほど増加して
しまったのだ。
南極に集まった世界の国と地域の代表は『ペンギン条約』を締結する。
『戦争だ!』各々の歴史と信条にもとづき
『1899年以前の武装』で殺し合おう。
それしか世界を救う道はない!おお、すばらしき戦争!
その戦争はなぜか『エルシド』と呼ばれた。
少年はともかく、受験で忙しいほかの部員たちもストレスからの逃避のためか
競うように回ってきたノートにまんがのようなものを叩き付けていった。
バイキングが銃剣突撃をする(自称)ナポレオンのフランス軍を蹴散らかし、
ローマの重装歩兵が(自称)カスター大佐の騎兵隊を粉砕する。
この架空戦記?まんがは卒業という締め切りによって未完のまま終わる。
高校時代の少年と戦記の関わりはこれだけだった。
だが、自分の作った設定の上に物語…歴史が積み重ねられていく
楽しさは少年の未来に暗い影…じゃなくて…大きな影響を残す
ことになった。
時代は連続婦女暴行殺人事件『大久保事件』が世を騒がす
昭和四十六年にとぶ。
つづく