第四十五章『親の意見とナスビの花は…』
第四十五章『親の意見となすびの花は…』
千に一つの無駄も無い…茄子の花は必ず実をつけることから…とは古い言葉だ。
有り難いと同時にかなりうっとおしいのが親の意見。
「帝国の滅びを防ぐため微力をつくせたことは、わたしが大きな喜びとする所です。
今後のことについて若干の意見を述べさせて頂きますが、その後ほどなく『帰る』ことに
なるでしょう』
開口一番、上を指差しながら椿がそう言ったとき、部屋の中にどこかホッとした空気が
かすかに…だが、確かに流れた。気持ちはわかる、どれほど有り難くても子供は
自分だけでやっていきたいものだ。
「もちろん私の意見をどう生かすかは皆さん次第です。ただ、始めの頃に言いましたが
日本を見守っている存在は恵みを与えるだけではありません。日本が自ら滅びの道に
踏み込んでいった場合、一度はこの国を更地にしてやり直させるような『罰』を与えることも
あるってことを忘れないでいて下さい」
「………」
「韓国のことですが、保護国として利権を得るぐらいにしといた方がいいですよ。
同化させようなんてことを考えると、百年の禍根となるでしょう」
伊藤博文の顔が少し引きつる。この先の歴史がどう動くかはわからないが、さんざん
うっとおしい目に合ってる後世日本人として一応言っておかねば。
「次に産業のことです。日本が豊かになる為には工業の育成が一層急務ですが、
ここでは『工業規格』というものを考えてみて下さい。」
「どのようなものですかな、それは?」
興味を持ったらしい桂太郎に椿は続けた。
「例えば…ですね、ねじ一本にしても太さ、長さ、ネジ山の高さや幅など
十分の一、百分の一ミリといった精度のレベルがあります。材質についても…です。
先進の工業国ほどこの点については厳密です。こうした規格は製品の質に直結
しますからね。ドイツなどを参考にするといいでしょう。規格が出来たら
それを満たす製品に国のお墨付きを与えるのです。何かマークを考えましょう。
そのマークが付いてるものは国が認める優良品というわけです。列強に伍していこうと
するならばこうした『底上げ』は必須ですよ」
「なるほど、うまく広まれば…ですな」
大丈夫だろうと思う。『隣り百姓』という言葉があるが、日本人の『隣がやるならうちも』の
性癖がうまく働けば以外と早く広まるかもしれない。マークがJISになるかはわからないが。
「海軍ですが、建艦計画のことは先般山本さんと話した通りです。国の財政を圧迫しないよう
うまくやって下さい。後は今次戦争の戦訓を生かして通商路の確保こそ海軍の存在意義であると
いうことを忘れなければ幸いです」
「心しておきます」
「後は…と、航空機か。まだ生まれたばかりの移動手段だが、どう思います長岡さん」
「偵察や砲撃の観測には将来性ありと考えてます。前に部下だった二宮忠八の提言を
取り上げておけば良かったと後悔してますよ。そうすれば人類初の飛行は日本人が
成したかもしれなかったのに…」
「海軍でも同様に考えます。航空機が順調に進化すれば…ですが」
「陸軍と海軍では航空機の運用は自ずと違った部分も多くなるでしょう。従って
それぞれ独自の機体を開発することになるかと思います。言っておきたいのは、
それでも陸海で共用する部分を残すよう協議を怠らないようにして下さい」
「………?」
「まだピンとこないかもしれませんね。丸暗記で結構ですから覚えて下さい。
『燃料、操縦装置、武装を陸海別々にそろえる贅沢は日本に許されない』と」
「…承知しました」
ほんとかな…
「山県さん、例の満州の土地のこと頼みますよ」
「黒竜…江省だったな。ハルビンがある土地だし、ロシアとの境界だ。清朝にいくらか
払っても買い取るよ」
「最悪でも、地下資源の採掘権をです」
では、と立ち上がりかけて…
「あ、その〜もう一つだけ…コロンボか…この戦争日本は本当に良くやりました。
国際法遵守という面では歴史上最高と言えるでしょう。ただ恨みが残るとすれば…」
「………?」
「自軍の兵に捕虜になったときの心得を教育しなかったことです」
「し、しかし我が軍には…」
「あり得ませんか?人間のすることに完全など、それこそあり得ませんよ。
細かくは言いません。国際法、戦時規定をもう一度研究してみて下さい。
そしてどうすれば、軍に…国にとってためになるのか考えること…
その点だけは、真の一等国たらんとするならば(世間様に合わせられるように)
頑張って下さい。
表に出た。東京は静かだ…虚脱状態と言ってもいいかもしれない。
史実の講和反対の暴動『日比谷騒動』は無かった。奉天会戦の前後から徐々に
行われた情報のリーク『戦力枯渇』『やや水増しの損害』『ドイツのあやしげな動き』…
御用学者や言論陣を抱き込んでの世論誘導…時には恫喝をも用いての戦争目的の定義化。
山県有朋に上奏させて出してもらった『勅書』でそれは形となった。
『今次戦争の目的はただ帝国の独立と安全の確保にあり、利を求めるものにあらず』
企んだ?椿にしてもあまりに拍子抜けだった。ホッとするより『おいおい、
そんなんでいいのかよ』という所だ。中ぐらいというのが無いからなあこの国は。
椿にとって腹立たしいのは、『タバコ撲滅』に動く二十一世紀初頭の日本が
ここで自分がやったのと同じ『誰かの策謀の結果』であると思えてならないことだ。
そして自分は吸うのをやめこそしなかったが、卑屈な立場に甘んじていたこと…
『正義』という錦の、それも小旗を手にした善良な市民の醜悪かつ兇悪な姿…いい例が
史実の日中戦争の頃、繁華街で派手な衣服やパーマをかけた女性を嬉々として
吊るし上げた『愛国なんとか』というおばさん達だ。
まあ、あっちの世界には戻るまいからどうでもいいけど…
こっちの世界の日本だってかまうもんか、思う様遊んでやる。
『この…愚民共め』…とよからぬファイトを燃やす椿だった、
つづく
後二回ぐらいです。それからどうしましょう?…タイトルのことです。頭に『続』とか『真』とかを付けるか、尻に『2』とか…?実のところこれからが本番…おいおい…なので、変えたくはないんですが。なんか工夫してみます。