第三十九章『小さな美しい国』
第三十九章『小さな美しい国』
1905年三月、米カリフォルニア州で日本人移民制限に関する決議案が
可決された。
英国では近い将来『英日同盟』を攻守同盟として拡大強化する検討が始まる。
中立を声明しながらも議定書を結ばされ、軍隊の通過などで日本に便宜を図っている
韓国は複雑な心境だが、とりあえずロシア軍の侵攻が遠のいているのでホッとしている。
もしも自国領土が戦場になれば、とてつもない惨禍が降りかかるだろうから。
一片の申し入れ…日露からの通告によって領土を戦場にされている清帝国は
何せ土地が広いので、惨禍を被るほどではないにせよ迷惑顔の中立である。
日露の共倒れを心から祈っていたことだろう。
満州各地の街ではロシア国旗に変わり、日章旗が進駐する日本軍を迎える。
住民の中には、当然のように両軍の兵士相手に商売する者もいた…恐るべし大陸民族。
北欧のフィンランドやスェーデン、中近東のトルコ帝国などロシアの軛に喘ぐ
国や地域では日本に対する手放しの賞賛の声に満ちていた。
国家、あるいは民族としての意識を身につけている者達にとって、ロシア帝国の存在は
それほど堪え難く、重苦しいものであったということだ。
その点、他の欧米列強の植民地になっているアジアの諸地域では、ほとんど反応が
なかったようだ。それだけ植民地経営が巧みだったのかもしれないし、まだ当地の人々の
国家、民族としての意識が…程度の差はあれ…薄い段階だったのだろう。
その他の欧米列強にとっては、相変わらず日本そのものは『どうでもいい』か
『さほど問題ではない』のどちらかである。一般庶民に地図上で日本の位置を
示すよう求めたとしたら、知らないかせいぜい中国大陸の一部、朝鮮半島辺りを
指し示す者が大部分だろう。
諸国にとってはロシア帝国の軍事力低下や、相対的に強くなるイギリスの立場が自国に
与える影響のみが関心事であり、悲喜こもごも様々な反応を示してはいた。
アメリカは大統領の意向も有り、マスコミなども日本に大きな好意を寄せていた。
アラモ砦のエピソ−ドに象徴される悲壮感好きな国民感情も後押ししていたのだろう。
もっともアメリカの実際の政治、軍事は『寡をもって衆と戦う』というような
悲壮感とは真逆なものであるのだが…
また冒頭に述べたように排日の動きも西海岸を中心に出始めていた。
いずれにもせよ、日本は『小さな美しい』だけの国ではなくなりつつあるのだ。
三月半ば、ロシア第二太平洋艦隊はマダガスカルを出航、四月上旬に英植民地の
シンガポール沖を通過した。ロシアはテーブルの上の賭け金を引っ込めるつもりの
ないことがはっきりした。ネボガトフ少将が率いる増援?の第三太平洋艦隊も
極東に向かっている。両艦隊はアジアのどこかで合流しウラジオストックに向かう
予定であり、その途次に生起するであろう海戦が今次戦争の決着をつけることに
なるであろう。
日本海軍…連合艦隊は結果的に有り余ることになった時間を使い、艦艇の整備と
砲撃、艦隊運動の訓練に明け暮れていた。
日本陸軍は奉天会戦の後、二月半ばに鉄嶺の線まで進出してから動きを止めていた。
『北進』のための整頓、準備を唱えてはいるが、『限界』ということだ。
そもそも、今のところ北に戦うべき敵はほとんどいない。
一部の『後備の兵』が内地に戻り始めているという話すら出ていたが
注目されることはなかった。
つづく
既掲載分の内十〜二十章を校閲しました。自分でやるのは校閲というより
推敲でしょうか?ストーリーの整合性はともかく、誤字や語尾の選択間違いは結構たくさん。少しずつ、そして何度でもやるつもりです。