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第三十二章『昼間の月は白い』

第三十二章『昼間の月は白い』


1905年が明けた。


一同の顔に正月気分は無い。青いというより、白く血の気が失せた顔が並んでいる。


まだ平静を装えている椿にしても、内心では改変の影響の出方に少々ビビっていた。

『スリル充填、百二十パーセントといったところだな』


欧州各国の日本公使館や、なにより世界に冠たるイギリス情報部からとして

もたらされた二ユースがその原因だった。


『ロシア帝国は極東への大増援を実施しつつあり、二月末までに在満ロシア軍の

兵力は最大で五十万に達する見込みである』


この情報に深刻な危機感、いや絶望感を感じないとすれば、その者が壊れていると

言っても過言ではなかろう。この事態は意外なことにクロパトキンが招いた。

更迭され欧露に戻ったクロパトキンは自己弁護の為か、必死に極東情勢について

語った。曰く『日本軍恐るべし』『他国の軍隊が混在しおる可能性あり』

これは鉄かぶとを含めた制服の変更…黒からカーキ色にの…からの想像だろうが。

『よって、日本軍を甘く見ているグリッペンベルグは大敗北を喫するだろう』


これが皇帝ニコライ二世とその側近を刺激した。鈍重だった熊が本気で動き始めたら

どうなるか…鉄道大臣ヒルコフ公爵はシベリア鉄道の機能を最大限に活用して

増援を送り出した。


ドイツ皇帝はロシア皇帝に励ましのメール…じゃなくて、電報を送った。

『昔日の言を繰り返す。君はいまや太平洋の提督にならんとす』

自分は大西洋を支配する提督になるという意味も込められているが…


ドイツ帝国では皇帝の権力はロシアのそれに比べると遥かに押さえられている。

ウィルヘルム二世がロシアへの友誼を失っていないとしても、政府、軍部の見方は

また別である。皇帝はさかんに『黄禍論』を言い立てるが、実際のところ日本など

英国と同盟関係にあることを除けばたいした問題ではない。

ロシアが極東に兵を送ればおくるほど、ドイツの東の国境は安全になる。

また、ロシアと同盟を結んでいる西の仮想敵国フランスに対し有利にたてる。

ドイツはこう考える…『バルカン情勢などでロシアに過度の配慮を払う必要はない』


「椿君、日本は負けるのだろうか」


「その可能性は高いですね山県さん。作戦や兵の練度で補うといった範疇を超える

戦力差がついてはどうにもなりませんよ」


「その…『御使い』の力をもってしてもかね?」


伊藤博文はもう半分涙目で言った。


「いざとなれば、この手に銃をとり山陰海岸にロシアの上陸軍を迎え撃つ覚悟は

出来ておるが、維新以来ようやくここまで来た日本が滅びるのは…っ」


そんな事態になったら降伏した方が…とはひとまず言わずにおこう。


この国の指導者層には、いざという場合に自分達が責任を取って民を救うという

意識が…戦国期にいくつか例があるにしても…希薄なようで

どちらかというと一蓮托生、無理心中的発想に至ることが多い。


「この危機はある意味、警告かもしれませんね。皆さんの中に…軍、官、民を問わず

この戦争への楽観、心のゆるみが生じ始めていたのでは?」


「確かに…露都ペテルスブルグまで攻め寄せるべし、などと言う噴飯ものの論調が

出て来ていると聞き及んでいます」


「国論をコントロール…操縦することが必要な時期に来てるわけですな、桂さん」


「強硬論をはくものを押さえるということですか」


「情報を少しずつ流してやりましょう。景気のいいことじゃなく、悲観的な材料をね。

それと、今次戦争の目的を改めて知らしめる…それはひとえに日本の独立と尊厳の

維持にあって、領土の拡大や賠償金をせしめることにはないということを」


「償金は取れんかね、我が国が有利な状況で講和を結んでも?」


「………山県さん」


「あ、いやそれが気のゆるみといわれるか。敗北を避けるにはなりふりかまっては

おられん。なんとか助力を頼みたい、この通りだ椿君」


おそらく天皇の前以外では、頭を下げることが無くなって久しいだろう。

その山県有朋はじめ、他の面々にも釘を刺しておくチャンスだ。

今月末までには目算がたつ可能性もあるし…


「情勢を見極めて、出来るだけの手を打ちましょう。その代わりと言っては

何ですが、先のこと以外にも差出口をすることがあるかと思います。

協力をお願いしますよ」


「心得た」


「あのー、椿さん」


長岡外史が元気なく口を開いた。


「私の提唱した『あれ』なぞはやっぱりまずいですかね?」


「いや、創りましょう。『あれ』は講和交渉に役立つ可能性がありますから」


旅順陥落後アメリカ大統領、セオドア・ルーズベルトによって始められていた

日露講和の斡旋がロシア帝国の拒否にあって頓挫したという情報も入って来た。

ロシア皇帝は満州の野戦軍と、アフリカ大陸東岸沖のマダガスカル島まで進んでいる

第二太平洋艦隊の戦力がある限り、黄色いマカーキとの講和には…降伏すると

いうのなら別だが…応じることは無いだろう。


重苦しい1月が下旬に入ったとき、世界を震撼させるニュースが飛び込んで来た。


つづく



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