表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/47

第二十五章『ロマンシング沙河2』

第二十五章『ロマンシング沙河2』


「今年は天候に恵まれまして、どうやら米は豊作という報告です」


桂太郎首相の言葉に一同…元老伊藤博文、山県有朋陸軍参謀本部総長、

長岡外史次長がほっとした顔を見せる。『御使い』椿五十郎にもその意味はわかる。

瑞穂の国、日本の戦争継続能力は米のできに大きく左右されるからだ。

椿は知っている…来年、1905年は夏に降雨量が多く全国的に不作になるのだと…

歴史改変の効果も自然現象までは及ばないだろうから、言わずにおこう。


「酒の心配もせずに済みそうじゃ。さあ椿君、遠慮なく飲ってくれたまえ」


「有り難うございます伊藤閣下、できたらも少し大きな器でいただきたいですな」


椿は日常コップ酒の人である。今日は一応主賓だし遠慮する気はない。

『旅順艦隊壊滅』の報告を得て、感謝の意で開いてくれた酒宴だ。

さすがお偉いさん御用達の料亭だけあって、酒も肴もいいものを出す。


「事前に説明は受けとったが、それにしてもわずか1日でとは…

大本営でも事情を知らん者は、魔法を見たような顔をしとったぞ」


ある意味魔法に違いないが…


「第三軍が大きな犠牲を払いながらも下準備をしっかりやっていてくれたから

短期間での成功が可能だったのですよ山県閣下」


「それを聞けば、乃木も救われるだろう」


「それと『二十八サンチ砲』…あれは殊勲甲でしたね長岡さん」


「あ、いや、元は有坂の発案だったのだがね」


その『奇想』を実現すべく奔走したのはわし…と思えば長岡の顔もほころぶ。

だが、すぐに少し表情を曇らせて聞いた。


「沙河は大丈夫だろうか、ロシア軍から攻勢をかけてきたのは初めてだが」


「戦略的には日本にとって幸いというべきなんですよ」


「………?」


開戦時までロシア帝国の陸軍大臣だったクロパトキン大将は、満州野戦軍の司令官に

着任するにあたって完璧な対日戦の戦略をつくりあげていた。

何段階かの防御戦闘で日本軍の消耗を誘い、北につり上げていく。

遼陽、奉天、鉄嶺、そして哈爾浜…ハルビンにおいて最終決戦にのぞむ。

百万の軍をもって補給線ののびきった日本陸軍を叩きつぶす。


大国らしい必勝の作戦だ。これをやられたら日本に勝ち目は全く無い。

椿にしても能力ポイントがあと三十億はないとどうにもならないだろう。

だが、ロシア帝国がそれを許さなかった。戦争の相手が欧米列強だったら話は

違っただろう。たとえば伸張著しいドイツ帝国軍ならば国内深く誘い込み

スモレンスク辺りでの決戦という作戦を認めたかもしれない。

しかし、相手は小さい黄色のマカーキ(猿)ではないか。乳児軍ではないか。

偉大なロシア帝国が後退をしていい相手ではない。


元来この戦争は国内に横溢する『革命気分』を散じるのにちょうどいい

『軍事的散歩』だったはずだ。それもロシア側が望まない限り起きないはずの…

それが日本から仕掛けられたあげく、負けと後退を続けるとはなにごとか!?


そうした宮廷を中心にした非難の声『退却将軍』の汚名がクロパトキンを

悩ませ始めていた。いや、声だけではなく実際に権限を脅かされかかっているのだ。

クロパトキンの負担を軽くしてやろうという名目のもと、ロシア野戦軍を

二つに分ける決定がされ、その一方を指揮するため勇猛で知られるドイツ系の将軍

グリッペンベルグ大将が満州に向かう…というのだ。


その前に勝利をおさめねば自分の立場はなくなる、やるならいまだ!

情報収集によれば日本軍の兵力は十五万程らしい。こちらは遼陽戦の損害を回復して

二十万を超えている。完勝のためには敵の三倍…いや、せめて二倍は欲しいが

現状でも勝機はあるはずだ。


かくして、奉天の線にとどまっていたロシア野戦軍は遼陽付近の日本軍に向かって

『沙河』を渡り南下を開始する。


では、初めて受け身に回った日本軍は…


遼陽の丘陵地帯は南から来る敵を迎えるには適しているが、北は広々とした大平原で

天険によって大軍を防ぐという戦術のとれる地形ではない。


というより、敵に先んじての前進攻撃こそが日本軍の本領である。

ロシア野戦軍南下の報告を受けた総参謀長、児玉源太郎の決断は早かった。

総司令官、大山巌の部屋を訪れると言った。


「撃って出ます」


つづく

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ