第二十二章『なにもかもみな…』
第二十二章『なにもかもみな…』
懐かしい…と感じたのは椿の身体に流れる血のためだったのかもしれない。
母方の祖父は日露戦争に従軍…東京第一師団か…この旅順で負傷(貫通銃創)
している。史実の『死傷六万』のうちの『一』という訳だ。
弾道が少しずれてたら椿は存在しなかった。
第三軍が予備選の段階で確保していた高地『大孤山』の頂上からは
旅順要塞の東正面の堡塁、砲台などの陣地群が眼下に見下ろせた。
斜面の至る所に鉄条網が張り巡らされ、その間には地雷原。
その先には露天の散兵壕や掩蔽壕、さらにその奥にベトんで固めた超大型の
トーチカともいうべき堡塁。いくつものそれが魚鱗状に重なり、地下、半地下の
連絡壕で結ばれている。よくもまあ、こんなところに正面から白兵突撃をかけたものだ。
「椿閣下、連絡が二つ入っています」
副官の井上大尉が、やや緊張した声で報告する。
「ロシア第二太平洋艦隊はリバウ港を出港した模様」
予定通りだが、海軍はやはり焦るだろう。最短では来年…1905年…の二月には
極東に姿を現すだろう。その前に旅順艦隊を撃滅し、くたびれきった連合艦隊の
艦船の補修、訓練を済ましておかなくては勝利は望めない。
椿は知っている。八月の黄海海戦の結果、旅順艦隊はなかばスクラップと化しており
その備砲は取り外され、陸揚げされて要塞の砲力強化に使われていることを。
だが、それを証明する術はない。東郷平八郎は自分でそれを確認、または確信
するまでは封鎖作戦をやめることはないだろう。
「ロシア野戦軍に南下の兆しあり」
十月四日か…史実からはなれていない。違うのは…
「連隊長以上の各級指揮官を集めろ!」
史実より二週間遅れ、準備はととのった。
二十八サンチ砲は既に十二門が配置につき、その他の砲も兵も所定の位置に
ついている。
今日の夕食は全軍に『カツレツ』を出す。昨日は『ビフテキ』だった。
椿の手元に残された、第一、九、十一師団の一部…これは要塞攻略の栄誉を
担わせるため予備隊として各一個大隊程度を控置してある…はもとより
警備、輸送を主な任務としている後備の兵まで、この『テキにカツ』の
豪華メニューに涙を流して喜んだという。
『臨時立見軍』司令官の立見中将も駆けつけてきている。
「我が軍は、明五日午前五時をもって旅順要塞への総攻撃を開始する」
つづく