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第二十章『無能之介』

第二十章『無能之介』


「乃木ー『転進』じゃー!」


開口一番、児玉源太郎が声を張り上げた。


「転…進?」


「そうじゃ。北でクロパトの動きが怪しくてのう。南下してくる公算大と見とる。

ロシアからの増援がどんどん来ちょってな、おそらく二十万を超えとる。

ところが、こっちの手持ちは十二万ばかりじゃ」


「………」


「このままじゃどうにもならん。おぬしの力が、第三軍が必要なんじゃ。

矛先を一時北に転じてほしい」


「…旅順はどうするのかな」


「立見の第八師団と後備に押さえさせておく。要塞の攻略は少し遅れるかもしれんが

海軍の了承は取り付けてある。第一、九、十一と、ここに来てる大迫の第七師団を

ひき連れてクロパト退治に駆けつけてくれい」


これが策だった。乃木の対面を損なわせず旅順攻撃から外し、あわせて野戦軍を

増強する。一日前に来た児玉と示し合わせた『転進』の策である。


「児玉閣下、それでは我が第三軍の立場はどうなります。」


まあ、あり得る発言だ。伊地知参謀長がその役どころだな。


「六月の上陸以来三ヶ月、激闘を重ねて敵の前哨陣地を抜き、ようやく本要塞に

とりかかった我々に手を引けと?」


「………」


『せめて後一押しさせてください。それとも総司令部は我ら第三軍を

便利使いするおつもりですか」


「おぬしゃー!帝国の命運より己の立場が大事とゆうか!」


児玉は元来陽気だが、けんかっ早い男だ。


「便利使いしてどこが悪い。国力に劣る我が国がロシアに勝つには、将官も

兵卒もない。上から下までかけずり回って戦わんとどうにもならん。

わしが考えているのは日本が勝つこと、それだけだ!おぬしらの感情を

斟酌してる暇などない!」


「参謀長」


なおも言いつのろうとする伊地知を乃木が制した。この老将軍は『いつも泣きべそを

かいているような』と評された表情を変えることなく言った。


「承知した」


児玉源太郎はほっとした。できれば親友の乃木を必要以上に傷つけたくはなかった。

あの椿とかいう『御使い』とやらは素性が知れんが、送られてきた砲弾と

大連郊外に突如現れるのを見せられた六万の兵と大砲は現実だ。やつの授けた策は

乃木のため、何より日本のために最善には違いない。


児玉を見ながら椿は思う。外交的感覚も良い意味での政治的感覚も持ち合わせている

この小男は、史実では戦後間もなく命を使い果たしたように逝ってしまう。

もう少し長生きしてもらわねば…そうすれば『現実』を無視した自己肥大にはしる

陸軍の出現を防げる…かも知れない。


移動の手順などを打ち合わせた後、表に出た乃木達の目に陸揚げされ旅順に向かう

二十八サンチ砲の砲身が多数の兵に引かれていくのが入った。

当初は六門の予定だったが、椿の進言で十八門が順次旅順に送り込まれることになった。


第三軍司令部は無能だったか…要塞攻略という点については必ずしもそうとは

いえない。全日本軍がそのレベルだったからだ。バルチック艦隊(この時点ではまだ

編成もされていない)の動向を把握できず、むやみに急がせた海軍にも責任は

あるだろう。問題は手段と目的を取り違えたことにある。

黄海の制海権確保のための旅順攻撃なのだ。旅順艦隊をつぶしてしまえば目的は

達成される。だが、第三軍司令部は要塞全体の攻略にこだわった。

しかも、セクト主義という悪癖が助力を申し出た海軍陸戦重砲隊や二十八サンチ砲の

派遣まで一時は断らせていたのだ。


これは敵方のロシア軍においてもっと顕著である。

第三軍司令部が旅順要塞の外廓陣地に攻撃を始めた時点で、陸軍から

『艦隊は出て行け』という声が出たという。艦隊が旅順港にいるから攻撃される、

迷惑であるという理屈だが本末転倒の極み。

北の国ロシアが求めてやまなかった『不凍港』を手に入れた。その港と

海上の覇権を担う艦隊を守るために要塞が築かれたのではないのか。


まあそれくらい腐っていてくれないと勝てない戦争なのだが。


旅順はもうすぐそこだ…


つづく





第八師団長の立見中将は序列からいうと下の方なので、当時の感覚では『軍』の司令官にするのは異論があるのですが、史実の黒溝台会戦のオマージュ…『臨時立見軍』ということで…

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