6 〜不真面目なシスターの正体〜
ノエルは思う。
どうしてこの人は自分に優しくしてくれるのだろうか、と。
彼女に課せられた今までの立場は、奉公人として貴族の世話をすることであり、最近では、更に下の奴隷という立場であった。それは正に使い捨てであり、「生かしておく」以上の思いやりとか優しさは全く入ってこない世界だった。
なのにどうしてこの人は泣いているのだろう。いや、涙は流していないが、泣いているように感じるのはなぜだろう。なぜ、謝っているのだろう。こんな風に抱きしめてもらったのは、一体いつが最後だっただろう。
全部投げ出している自分と、人が温かいものだったと知っている自分は、どっちが本当なのだろう。まだ、分からない。
ノエルの右手がディンの体に触れようとして、すっと降りた。
翌日から、ノエルの表情が少しだけ柔らかくなったように、ディンには感じられた。
———。
「ただ者じゃないと思ってましたが、すごい人ですねぇ!」
と、明るい声で笑うのはシスター・メイだ。
ノエルの表情がほんの少しだけ明るくなった事を言っているのだろうと、ディンにも想像がつく。
「僕は何もしてないよ。彼女の意志が大事なんだから」
「またまたぁ、謙・遜・しちゃって!憎いですねぇ、このこの」
「あのね、メイ……」
ニヤニヤしながらディンを肘で突つくこの娘、れっきとしたサンテ教会のシスターである。
金髪碧眼、容姿端麗、柔らかな笑顔が絶えない明るい性格。黙って微笑んでいれば正に修道服の天使なのだが、残念ながら『彼女が黙っている時』に遭遇する確率は『サンテに雪が降る』それと等しい。イコールゼロだ。
「私もいろいろと話しかけては見たんですけど、どうも反応がイマイチなんですよねぇ」
「多分、相づちを打つ暇もなかったんじゃないかな」
本心だが、皮肉に聞こえたかもと心配する。が、メイは案の定気にも留めていない。
「でもノエルちゃん、来た時より明るくなったような気がするのはホントなんですよねぇ。ディンさんは一体、どんなお話をしてたんですか?」
表情はおどけているが、彼女の目は真剣だ。
……誤解してはいけないのは、メイは決して不真面目なシスターではないと言う事。むしろその逆で、いつでも全力、いつでも大真面目なのが、彼女の本質である。
「どんなって……別に変わった事は話してないな。だいたい、僕がそんな話し上手かい?」
「ですねぇ」
「そこはお世辞でも、そんなことありませんって言おうよ……」
ディンが溜め息をつくと、バツが悪そうに笑う。
「すみません、冗談ですよ。ディンさんって、なんだかおもしろい人なんですもん。ちょっとからかい甲斐があるって言うか、ですねぇ」
「よく言われるよ……」
年下になめられ、年上にこき使われるのは今に始まった事じゃない。
すると突然メイは、なるほど!と大きな声を出し、右手の拳を縦に降り、左掌に打ち付ける。絵に描いたような「なるほど!」だなと妙に納得するディン。
「だからノエルちゃんも心を開いてくれてるんですねぇ!」
「いや、全然開いてくれてないけどね」
「そっか!私に足りないのは、おもしろさだったんですねぇ!」
いつもながら突拍子な思いつきだ。だが、彼女を例えるなら、限りない直線。
「えぇ?それは違うと思うけど……ちょ、メイ、どこ行くの?」
しかもその直線の頭には傘が着いている。言い出したら止まらない矢印。
「私に『おもしろさ』を追加するんです!」
どこにそんな根拠があるのか、自信に満ちた含み笑いを見せ、風のようにいなくなるシスター・メイ。
どんな方法で追加するのか興味深いところだが、ディンも暇ではない。頼まれていたレストランの看板を今日中に仕上げないと、納期に間に合わなくなってしまう。
おつきあいありがとうございました。