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23 〜お帰りなさいはただいまと同じくらい元気に〜

 

 ディンは緊張していた。

 元来気の強い性格ではない訳で、悪友ロイドはおろか、年下のメイやシャロにだって押し切られることも多い。

 そんなディンなので、人より緊張しやすい質だという妙な自負はある。だが今日はそれを差し引いても特別に緊張しているという、これまた妙な自信がある。

 今日は、あの時怪我を負ったノエルが教会での再入院を終え、初めてディンの家にやってくるのだ。

 熊のように室内をうろつきながら、落ち着かない様子のディン。見かねてロイドがだるそうな声をあげる。

「少し落ち着け。お前がそんなに緊張してどうするよ。きっとノエル嬢はもっとドキドキしてるだろう?」

「わ、分かってるけどさ。やっぱり落ち着かなくて」

「ったく、自分から引き取るって言った癖に、大丈夫かね……」

 煙草を取り出そうとして、辞めた。さっきディンから注意されたばっかりだった。ノエルのためらしいが、ロイドとてマーカスから聞いていなくても、小さい子どもがいる部屋で煙を噴かすのは気が引ける。


「さあ、準備はできましたよ。後は主賓の到着を待つだけです」

 テーブルに料理を並べ、シャロが微笑む。のんびりとした調子とは裏腹に、テキパキと料理を作る手際はさすがだ。

「ああ、わざわざありがとうね、シャロ。それにアンナさんまで来てもらって、すみません」

 キッチンから出てきたおかっぱの女性は、にこやかに微笑んで軽く会釈をした。この黒髪の美人こそが、ロイドの婚約者アンナ・ミュラーである。


 中性的な顔立ちで、髪を短くして男装すれば美少年と言っても通用しそうなスラリとした体型。あまり口数は多くないが、気だてが良く、場の空気を読む力が強い。と思いきや、時折きれいな笑顔のままでドぎつい一言を口にしたりする。普段が可憐な人であるだけに、その精神的ダメージは計り知れない。

 いい意味で一筋縄ではいかないアンナの魅力が、癖のあるロイドの性格とうまくマッチしているんだろうなとディンは勝手に思っている。


 ディンとしては普通の日常の一部としてノエルを迎えてやろうと考えていたのだが、とりあえずメイがそれに反対し、シャロまで話が広がり、結局パーティーを開くこととなってしまった。

 今考えればこんな緊張状態では、普段通りも何もない。これで良かったようだ。


「そんで?」

 ロイドが意地の悪い笑みを向ける。いい予感はしないが、ディンには何も心当たりがない。

「え?何が?」

「ノエル嬢だよ。娘にすんの?それとも嫁?」

 落ち着こうと口に含んだコーヒーを吹き出すディン。

「ッ!誰がノエルと結婚すんだよ!」

 大声で怒鳴り返すが、ロイドは澄まし顔だ。

「なんだよ、緊張をほぐすためにジョークをとばしてやったんじゃねーか。まあ、半分本気だけど」

「僕をどういう目で見てんだ、ったく……。僕はあの子に人並みに幸せになって欲しいだけだよ」


 咳払い。

「でもまだノエルは、人並以下の幸せしか知らない。だからめいっぱい幸せになってもらわないと、釣り合わない」

「おいおい、完全に親ばかだな……。ディンにこんな一面があったとは、驚きだ」

 ロイドは目を丸くしているが、シャロは手を合わせて目を輝かせる。

「ステキなお父さんですね。こんなお父さんのところに来れるだけで、ノエルちゃんも幸せ者だと思いますよ。ね、アンナさん」

 アンナは頷いて微笑む。

「ロイドには生まれ変わっても無理ね」

「死んでも、どころか生まれ変わっても、ね。相変わらず人の心をえぐるようなことを……」

 ロイドの泣き言を遮るように、ノックの音。ディンの背筋が伸びる。おそらく、メイがノエルを連れてきたのだ。


「ディーンーさーん!あーそびーましょー!」

 楽しそうな声がドアの向こうから響いてきた。ディン以外の一同が苦笑する。

「おいおい、相変わらずだなあのシスターも。俺も見習いたいもんだぜ、あの若さは。……ディン、いつまで緊張してんだ。ちゃんと迎えてやんな」

「わ、分かってるよ」


 ディンがドアを開けようとしたところで、

「ディンさーん、いるのは分かってますよー。今日こそは耳そろえて返してもらいますからねぇ。もう待てませんよー。肝臓売ってでも……」

「やめろぉぉぉぉっ!どんなシスターだッ!」

 未だかつて無い勢いでドアを開けると、メイがにっこりと微笑む。

「なんだぁ、いるんじゃないですか。それなら早く開けて下さいよ」

 虚脱という言葉をこれ以上無いくらい体現させたメイに、ロイドは心の中で拍手を送った。

「メイ、あのねぇ……。いいや、上がって。シャロとアンナさんがおいしいもの作ってくれたから」

「あれ?ディンさん、なんだか老け込みましたか?」

「多分君のせいだけどね。さ、どうぞ」

「ダメですよ、画家さんとは言え不健康な生活してたら。人生は体が資本、一に健康、二に健康……そ、そんなに睨まなくても分かってますよ、ディンさんを和ませるための軽いジョークですってば。はいはい、失礼しまーす。わお!すっごいごちそう!」


 マイペースなメイが入って行くと、後ろに隠れるようにしていたノエルがひょっこりと現れた。

 包帯や絆創膏はもう取れているが、少し不安そうな顔だ。やはり戸惑いがあるのだろう。


「怪我はもう大丈夫?」

「うん……」

 シンプルなワンピースがよく似合っていた。

「似合ってるね。自分で選んだの?」

「一応……。大切な日、だから」

 視線を落としながらおずおずとだが、嬉しいことを言ってくれる。ディンの緊張がノエルのおかげでほぐれて行く。

「そうだ、後で服とか買いに行かなきゃね。今のとこ僕のしかないからね。でも、何はともあれ、入って入って。みんなも祝ってくれるって、ノエルのために集まってくれたからさ。ちょっと狭いけど」

 苦笑しながら促すのだが、ノエルはなんだかもじもじとしている。相変わらずのクールな表情ではあるのだが、やはりいつもの調子ではない。


「どしたの?」

「あ、あの、えと……入って、いいの?」

「もちろん。だって、今日からここはノエルの家でもあるんだから。遠慮は要らないよ」

「う、うん……」

 上目遣いでディンを見てから、両手を組んだり離したり、まるで小動物のように落ち着かない。そんな姿を見て苦笑するディン。

 やっぱりノエルの方がずっと緊張していて、不安なのだ。ぽんと頭に手を乗っけてやる。

「ノエル?」

「うん……」

 触れて分かったが、小刻みに震えている。それほどまでに彼女にとっては、つまり人を信じるということは怖いことに他ならない。

「これじゃ僕がノエルを獲って食うみたいじゃないか」

 和ませるつもりで笑うディンだったが、ぱっと顔を上げたノエルは予想外に深刻な顔をしていた。

「わ、私はディンにすごく感謝してる。だから、そんなこと、少しも思ってない……」

 元々静かな声が、最後はかすれるように消える。そんな泣き出しそうな表情をされたら、ディンも謝るしかなかった。

「ご、ごめん。僕もそんなつもりじゃなかったんだ。あ、そうだ、忘れてた」

 ディンが思い出したように、改めてノエルに向き合った。

 ノエルが怪訝な表情で見上げる中、


「おかえり、ノエル」

「あ……た、ただいま……」


 照れ隠しにうつむきながらつぶやくノエルの頭を、ディンが優しく撫でる。

「心配しなくていいよ。ゆっくり、のんびりやっていこう」

 ノエルが顔を上げ、そしてやっと笑顔を見せた。

とりあえず出会い編は終わりですw


駄文にお付き合いいただいた奇特な方、本当にありがとうございました。

またの投稿の際はよろしくお願いします!

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