1 〜嵐の翌日、海に行くといろいろ落ちてる〜
本編開始です。お付き合いくださいな。
港町サンテ。年中天気がいいこの町には自然と人が集まるようで、やはり年中活気に溢れている。
カルデ内海を臨む丘陵状の立地、西にそびえるガリアード山地の石炭資源、ソシエ川の豊富な水源、穏やかな気候……どれをとっても、ここが古くから要所となっているのは必然のように思えた。
画家ディン・ロンドもそんな賑わいと自然豊かなサンテに惹かれて移り住んできた一人だ。以前住んでいた工業都市は悪いところでは無かったが、産業革命の煽りをまともに受けた市中には、常に煙が立ちこめていた。石炭を積んだ荷馬車が行き交い、その中を労働者達がカンテラ片手に薄汚れた体を引きずっている、そんな町だった。
そんな町を離れ、引っ越して来てからは画風まで変わった。白い石畳の街並、太陽、海、そして明るい人々に導かれるように。
そのおかげか、努力の賜物か、徐々に買い手が着くようになり、小さいながら個展を開けるまでになっていた。
とは言え、それだけでは収入が心許ないので、店の看板をデザインしたり、頼まれ事を引き受けて便利屋紛いのこともやっている。実はそっちの方が儲かっているなんて、画家の端くれであるというプライドがあるので、ちょっと人には言えない。
朝、いつもの如く自分のベッドで目が覚める。カーテンの隙間から差し込む光は、相変わらずのいい天気をこれでもかと主張している。
大あくびをしてから、今日は久々に山にでも行ってみようか、と考える。
その途端、玄関のドアを激しく叩く音。
山は中止かもしれない、と直感が言う。
「こりゃひでえな!」
普段は海水浴客が絶えない砂浜を眺めながら、横を歩く丸眼鏡のロイドが悲壮な声を上げる。
その心は二つ。一つは、単純に砂浜の惨状を見て、打ち上げられた難破船の乗組員たちに同情している。一つは、彼が警察官という立場から、これからこなさなければならない膨大な仕事量を想像し嘆いている。
そのどっちでもあるのだろうと、友人の心中を察しながら、それでもディンは砂浜から目を離せずにいた。
「貨物船がサンテ沖で沈んだらしい」
早朝、ドアを乱暴に叩いていた犯人であるロイドは、ディンがおはようを言う前にそう切り出した。
サンテに来て知り合った、やや素行の悪いこの友人はサンテ市警の警部補だ。そして彼が、何か困り事を持ってきた時に次ぐ二の句は決まっている。
「ちょっと手伝ってくれ」
ディンは、かつて住んでいた工業都市で食い扶持を稼ぐため、便利屋事務所に住み込みで働いていた。法を犯す仕事以外はだいたい引き受ける、正に便利屋だ。その事実が「画家」よりも先に立ってしまって、今でも近所の人にいろいろと頼まれ事をされる。
ディン自身、人の役に立つのが好きだったし、生活費の足しにはなるし、そんな状況が嫌いではない。こうやって警察から仕事を回してもらったのも初めてではない。
だが、今回は『ちょっと手伝う』レベルの話ではないようだ。辻馬車の中でロイドがほとんど説明しなかったのも、彼自身現場の状況が分からなかったからだろう。あの時点ではもっと軽い気持ちだったのかもしれない。
「ったく、朝っぱらから迷惑な話だ」
「不謹慎な警察官だなあ」
ロイドはいつもこの調子だ。ぶっきらぼうな外見と雰囲気はよくないと注意したことがあるが、大事なのは仕事の質だと鼻にもかけなかった。実際、彼の市警内での評価は高いらしい。
流れる景色は出勤時間にまだ早く、外を歩く人もあまりいない。滲み始めたガス灯の火とたまに行き交う荷馬車の影が交錯する。
朝もやが残る石の街並は、目覚めていない。
沈んだのはかなり大きな船だったらしく、砂浜には目を覆うばかりの木材、縄、ガラス瓶、そして動かない人間が打ち上げられている。
「で、今回手伝って欲しいのは」
「ここまで来ればさすがに分かるよ。生存者の救出と、片づけの手伝いだね」
ロイドはトレードマークの丸眼鏡を指で上げながら、その通りとうなずく。ろくにセットもしていない癖っ毛が、彼の気分を代弁するようにばたばたと風になびいた。
ロイドもディンも、集まった便利屋家業連中も警官隊も口にはしないが、見る限り、生存者など絶望的な状況だ。だからロイドは、なるべくドライに指示を出す。
「できるだけ、生きてるヤツを探してくれ。その方が話が早い。警察的に、ね。じゃ、よろしく」
ロイドは煙草をくわえて溜め息をつく。
「誰か生存者から話が聞ければ――あわよくば船長が酔っぱらっていた、なんて話が出てくれば、ああそれが原因で天候を読み違ったんですね、とか適当な報告書で終わりにできるからな」
死者への畏敬の念と、それを口に出さない強がりが入り交じった表情で、ロイドはマッチを擦った。
確か例の猟奇殺人も、まだ解決を見ていないはずだ。ロイドが過労死しなければいいが、と他人事ながら思う。今度酒でも誘ってやるか。
男達が砂浜に降りて行く。
ディンとてあまり気が進む仕事ではないが、文句を言っても仕方がない。覚悟を決め、シャツの袖をまくった。
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