15 〜よく知らない夜の町は昼間以上に道に迷う〜
ガス灯の明かりがかろうじて町の輪郭を映し出す。そんな深夜の道を、ノエルは独り歩いていた。
ここはどこだろう。私はどこに行くんだろう。
道のりはおろか、町の地図でさえ見たこともない彼女にとって、夜のサンテは正に迷路だった。
とりあえずこの町を出よう。明日の朝には抜け出したことが分かって、きっと見つかってしまうから。そうなったら、メイもディンも多分怒らないけれど、だからまた私は傷ついてしまう。あんなに優しさが辛いものならば、いっそ何も無い方がいいに決まってる。
そう決めて歩いているのだが、こんなに広い町だとは思いもしなかった。
「方向音痴……」
彼女は昔からよく道には迷う。同じ景色でも見る方向で分からなくなったり、昼と夜で全然違う景色に見えたり……その程度なら可愛いものだが、ノエルの場合はなかなか筋金入りだ。かつてのだだっ広い貴族の屋敷や、この間など教会の中で自分の部屋を探して迷った。
「バカすぎる……」
仕方が無い。大きな道に戻って、ただひたすら真っ直ぐ歩けばその内町を出るだろう。
そう思って大きな道を探すほど、小さな路地に迷い込んで行くのは、ある意味才能かもしれない。
ディンは夜間の慌ただしい訪問にも、いつもの優しい笑顔で迎えてくれた。メイはいつもにこにこと穏やかな彼を、正直ただの優男かと思っていたのだが。しかし。
ノエルがいなくなった。
その事実は初めこそディンの心にも少なからずショックを与え、動揺させたようだった。だがそれもごくわずかの間で、彼の目はすぐに光を取り戻す。身支度を整え、走って家を出る。
「僕が迂闊だった。無理にでも引き取るべきだったんだ。彼女の意見を尊重しようなんて、そんなことノエルは望んでなかったんだよ」
メイはディンを見直した。
メイにしてみれば、僅かの間とは言え面倒を見ていたノエルに「裏切られた」という想いさえ抱いてしまったのだ。ところがディンは、そんなことを微塵も考えていない。それどころか今だってノエルを信じ続けている。
「ノエルの心に鍵をかけたのは、僕ら大人だ。僕らがその鍵を開こうなんて、大人の傲慢でしかなかったんだ。事情は分からないが、ノエルは、奴隷としての生活以外に、何かにひどく裏切られた節がある」
メイには分からなかった。確かに周囲の人を信用していないようではあったが、それがディンの言う「事情」に起因するのか。
「だからノエルは、僕らのことを、心が許せる大人なのかどうか見定めてたんだ。もしかするともう少しだったのかもしれないよ?でも……」
「それは同感です。でも、私たちは、大人の事情を彼女に押し付けて、それを彼女自身が選んだことにしようとした、ってことですね」
怪我が治った人を教会においておけない、という事情は正論だ。だが、今まで散々理不尽を押し付けられてきたであろう彼女にとってみれば、それはただの「建前」で、「大人の事情」に過ぎない。強い正論が、全ての人の心まで納得させるものではないことくらい、知っている。まして彼女は、まだ十歳そこらの子どもなのだから。
彼女がメイ達のことを信用できそうだと踏んでいたのならば、最後の最後で結局「大人の事情」を振りかざしたことへの、彼女の失望は想像するに難くない。信用したい、でも信用できない、そんな気持ちの現れこそが、あのメモ帳の一言だったのか。
そこまで考えて、メイの胸がちくりと痛む。
「でもね、メイ」
表情に出したつもりは無いが、ディンはメイの気落ちを見抜いたらしい。また優しく笑ってみせる。
「全部、僕らの推測だ。だから絶対にノエルを見つけて、彼女から話してもらおうよ」
そう、前を向かなければ。ノエルをこれ以上失望させるなんて、大人代表としてちょっと恥ずかしい。
「えぇ、そうですね!」