答え合わせ
本編
1、こもりうた
少年”オスカー”は旅に出た。
宇宙を漂う飛行船に乗り、
故郷の星から八光年先の景色を、
円形の大きな窓から見つめていた。
オスカーの瞳には、宝石のように輝く水星が写っていた。
水星は、太陽系の中で一番軽い惑星で、
水星という名前なのに、水分が全くないことでも有名だ。
ちなみに、太陽に近く大気が薄いため、昼と夜で気温が六百度も差がある。
「本当に、綺麗な星じゃろ」
オスカーが水星を眺めていると、
車椅子のおじいさんが話しかけてきた。
優しい顔のおじいさんは、
車椅子を押しながらオスカーに歩み寄ると、
上着の胸ポケットから、ペンダントを取り出して見せた。
そこには、一本の杖に交わる二匹の蛇の姿があり、
その中央には、エメラルドの宝石が埋め込まれていた。
「知っているかい?
我々の故郷から水星が綺麗に見えるのは、
日の出と日の入りのわずかな間だけなんだ」
おじいさんはそう言うと、オスカーにペンダントを手渡した。
その時のおじいさんは、嬉しいような、悲しいような、
そんな顔をしていた。
「おじいちゃん、僕たちはどこへ向かっているの?」
「天国じゃよ。わしも初めて行くが、
そこはきっと、この水星のように綺麗なはずじゃ」
おじいさんは、再び窓の景色に視線を向けると、
安心したように深くため息をついた。
水星のさらに遠くの方で、虹色に光る超新星爆発の様子が見えた。
「長かった旅路もようやく終わる。
思い残すことはもうない。
わしは、心から幸せだったよ」
そして、オスカーが目を空した次の瞬間、
おじいさんの姿は跡形もなく消えていた。
オスカーは、おじいさんから貰ったペンダントを握りしめ、
水星が写る窓を背に、大広間を後にした。
寝室に戻ったオスカーは、デスクの引き出しを開けた。
引き出しの中には、
紺色のノートと三日月の模様がプリントされたペンが入っていた。
オスカーは、ノートとペンを手に取ると、
真剣な顔で黙々とペンを走らせた。
それから数ヶ月後。
オスカーは、船内の図書館で天文学関連の本を読んでいた。
図書館の館内にも大枠の窓があり、
いつでも満天の星々を眺めることができた。
飛行船は、いつの間にか水星を通り過ぎ、
天王星の辺りを走行していた。
遥か遠くで、海王星の青白い光が浮かんでいた。
海王星が美しい青色に輝くのは、彼の故郷のように海があるからではなく、
赤色を吸収するメタンガスが惑星全体を覆っているからだ。
オスカーが読んでいる分厚い本の中にも、
海王星のことが載っていた。
その他にも、恒星の記録が事細かに記されていて、
オスカーは宇宙の景色には目もくれず、
一日中、天文学の本と向き合った。
恒星の中でも彼が特に夢中になったのは、
ペルセウスとペテルギウスだ。
ペルセウス座は、八十八星座の一つで、
三大流星群の一つであるペルセウス座流星群は、
彼の故郷では夏頃によく目撃されている。
ベテルギウスは、オリオン座の一つとして知られており、
近くにあるシリウス、プロキオンと結べば、
綺麗な冬の大三角ができる。
「皆様、当船はまもなく目的地に到着します」
オスカーが書物に夢中になっていると、
船内で目的地の到着を知らせるアナウンスが流れた。
オスカーは、アナウンスの終わりと同時に本を閉じた。
ため息混じりに窓の方へ目を向けると、
そこには、宇宙空間ではなく、
何もない真っ白な世界が広がっていた。
オスカーは、おじいさんから貰ったペンダントを手に下船した。
オスカーの他には誰もいない。
目の前には、ただ孤独な世界が広がっている。
この空間に、宇宙服は必要ない。
オスカーは、真っ白な空間を歩き始めた。
歩を進めるごとに足取りが重くなり、意識が朦朧とする。
「ねーむれ、ねーむれ、母の胸に…」
視界が定まらないまま進み続けていると、
どこかから、誰かの優しい歌声が聞こえてきた。
暖かく、安心する声だった。
彼は、その声に身を委ねるように手を伸ばした。
「ただいま」
その瞬間、彼の意識は緩やかに消滅した。
2、君の不在
とある田舎町の外れにある木造家屋。
そこに、少女の姿をした機械人形と暮らすお婆さんがいた。
お婆さんは、重い病気を患っていて、
一日中、ベッドで寝たきりだった。
機械人形は、お婆さんのお世話をしながら、
お婆さんの代わりに一生懸命働いた。
機械人形の勤め先は、街で人気のレストランだった。
長く艶のある黒髪と青色の優しい瞳は、男性客の心を魅了した。
それでも、彼女の心にはいつもお婆さんがいた。
彼女とお婆さんが出会ったのは、お婆さんが十二歳の時だった。
少女が母親を亡くした日の晩に、
青い瞳の機械人形が少女の家にやってきた。
家政婦としてやってきた機械人形を、
少女は母親のように慕い、心から好いていた。
遊ぶ時も、食事の時も、寝る時も、二人はいつも一緒だった。
機械人形は、少女にとって血の繋がりのない親であり、
何よりも心の支えだった。
やがて、少女は大人になった。
大人になっても、少女の機械人形への想いは変わらなかった。
大人になった彼女は、街中にある服屋で仕立て屋として働き始めた。
働く中でパートナーも出来たが、結局一年も経たずに別れてしまった。
それから、彼女は働いていた服屋を退職し、
隣町に新しく自分の店を持ち始めた。
店の名前は、”アルテミス”。
制作から販売、修繕まで全て彼女一人でやっていた。
彼女の服屋は、地元住民から個性あふれる服屋として人気があった。
そのため、彼女は決まって遅い時間に帰宅する。
それでも機械人形は、嫌な顔一つせず、
彼女の帰宅する時間に合わせて温かいご飯を用意し、
彼女が仕事に出ている間、掃除や炊事、家計の管理まで、
全ての家事をこなしながら、二人の大事な家を守っていた。
そして、毎日のように疲労困憊で帰ってくる彼女を、
「おかえり」と言いながら母親のように優しく抱きしめた。
ある日の晩、二人は木造家屋の屋根裏部屋から虹色の流れ星を見た。
流れ星は、チカチカと瞬きながら消えていく。
その光景に心を奪われた二人は、思わず涙を流した。
それから数十年後。
お婆さんになった彼女は、長年経営していた服屋を畳み、
機械人形と共に木造家屋で隠居生活をするようになった。
この時既に、悪性の腫瘍がお婆さんの中で根付き、
お婆さんの体を蝕んでいた。
次第に歩行もままならなくなっていき、
屋根裏部屋のベッドで寝たきりの生活を送るようになった。
結婚も、子供を作ることもしなかった彼女にとって、
頼れるのは、出会った頃から姿の変わらない機械人形しかいなかった。
それでも、お婆さんは幸せだった。
機械人形の顔を見れば、どんな痛みも耐えることができた。
二人で隠居生活をするようになってから半年後の夏、
お婆さんは、再び虹色の流れ星を見た。
流れ星は、初めて目にした時のように、
チカチカと瞬きながら儚く消えていった。
その光景に、お婆さんは静かに涙を零した。
お婆さんの側にいた機械人形は、
洋服のポケットからハンカチを取り出し、
何も言わずにお婆さんの涙を拭った。
お婆さんは、機械人形に顔を向けると、
「ありがとう」と言いながらそっと目を閉じた。
機械人形は、そっとお婆さんの手に触れる。
シワだらけのお婆さんの手は、既に冷たくなっていた。
3、心から救われたかった
気づけば、また独りになっていた。
それは、太陽のいない真昼のことだった。
私は、スーツを着たまま、たった一人で樹海を訪れていた。
勤め先の会社から解雇通告を言い渡された瞬間、
これまでの人生が全て無駄であったと思い知った。
右手には、来る途中で購入した太さ十五ミリのロープが握られ、
それ一つで、これから自分が行うであろう出来事を現していた。
私は、ロープを大樹に括り付け、首を通すための輪っかを作った。
私は、輪っかを巻きつけている間、これまでの自分を思い返していた。
秀でた能力もなければ、人から好かれる要素は何一つ持ち合わせていない。
何をやっても役立たずで、
自分は、周りやこの世界にとってどうでもいい存在で、
居てもただ迷惑でしかない。
そんな奴だったと今でも思う。
それに、私は十分幸せだった。
これ以上の幸福は、望むべきではないのだろう。
独りで生きて、独りで勝手に死んでいく。
これは、そういう物語だった。
もう誰も憎みたくないし、誰も妬みたくない。
救いなんていらない、理解されなくてもいい。
どんなに辛くても、痛くても、壊れても、
涙が溢れても、決して過去が報われることはないし、
この先、生きていてもずっと孤独なのだと思った。
だから、これ以上生きるのは辞めた。
「あーぁ、この人生、割に合わないな…」
全部疲れた。
自分の幸福はもういいから。
せめて、自分に優しさをくれた人たちには報われてほしい。
たとえ、どんな結果になろうとも、
楽しかった、幸せだったと、最後は笑って終わりたい。
4、あなたの為に奏でましょう
小学三年生の月波奏は、
ヴァイオリンが好きだった。
自宅一階のリビングで、
姉がヴァイオリンを奏でる姿を楽しそうに見てい
た。
“私、お姉ちゃんみたいなヴァイオリニストになる!”
姉の繊細な指使いや、弾いている時の姿に魅了された奏は、
自分も姉のような素敵なヴァイオリニストになることを誓った。
“じゃ、約束ね”
楓はそう言うと、ポケットからペンダントを取り出し、
奏にそれをプレゼントした。
三日月の形をしたペンダントには、
エメラルドのような緑色のジュエルが埋め込まれ
ていた。
楓も、ルビーが埋め込まれた丸いペンダントを首
にかけていた。
奏は、ペンダントを受け取ると、嬉しさのあまり楓に抱きついた。
それから五年後、奏は中学二年生になった。
ヴァイオリンのコンクールに出場することが決まった奏は、その本番前、お見舞いのために楓の病室を訪れていた。
そのコンクールは、毎年都内の大きな劇場で開催されているもので、
プロを目指すために、都内のみならず、
地方各地からかなりの実力者たちが多数出場していた。
そして奏は、音楽教師の推薦により中学生の部に出場することになった。
楓の症状は、
食事がとれないほどに悪化していて、
ひどくやせ細った姿は、奏の心を締め付けた。
それでも奏は、
姉の前でいつものように笑って見せた。
せっかくの晴れ舞台だ。
姉に自分の演奏を見てもらうチャンスなのだ。
この日のために、
これまで人並み以上の努力をしてきた。
楓は病院から出られないため、
直接奏の演奏を見ることはできないが、
奏は、大好きな姉に画面越しでも最高の演奏を見
せたいと思った。
時計をみるやいなや、本番の時間に近づいている
ことに気づいた奏は、
慌てて病室を飛び出し、コンクール会場に向かっ
た。
奏を見送る楓の表情は、とても悲しそうだった。
本番ぎりぎりで会場に着いた奏は、舞台袖で自分の出番を待っていた。
奏は、緊張を紛らわせるために、制服のポケットからこっそりスマホを取り出した。
ロック画面には、姉とのツーショット写真が映っていた。
すると、母親から一通のメールが届いた。
奏は、ロック画面を開き、メールの内容を確認した。
その瞬間、奏は深い悲しみに突き落とされた。
“たった今、楓が亡くなった。”
それは、奏にとって何よりも受け入れがたいものだった。
奏はショックのあまり、スマホを床に落としてしまった。
幸い、落とした時の衝撃はピアノの音でかき消さ
れたため、自分のせいで前の人の演奏が中断されることはなかったが、
結局、姉を失った悲しみをぬぐい切れないまま自分の番が来てしまった。
舞台の上でヴァイオリンを弾く様子は、
今は亡き姉の影を追うように、深い悲しみと苦痛に満ちていた。
呼吸が乱れ、ヴァイオリンの音も聞きづらくなっ
ていき、次第に、奏を取り巻いていた世界が狂い
始めた。
ここで、場面が海の中へと変わる。
勢いよく海に飛び込み、水しぶきが大きな音を立
てながら起こる。
月明かりが差し込む、どこまでも青色の世界。
奏は、抵抗すらできないまま海の底へと落ちてい
く。
奏の瞳には、遠くで輝く月の光が映っていた。
奏は、月に向かって手を伸ばした。
それでも届かず、手を伸ばせば伸ばすほどに、
月光は遠のいていくばかりだった。
奏は、そのまま暗闇の中に落ちた。
上体を起こし、辺りを見渡す。
すると、暗闇の中で桃色の手紙を見つけた。
それは、姉からの手紙だった。
奏は、手紙を手に取り、恐る恐る封を開ける。
手紙の中には、一枚の便箋と、姉の形見である、
ルビーの宝石が埋め込まれた丸いペンダントが
入っていた。
そして、手紙を読んだ奏は思わず目を見開いた。
その瞬間、暗闇が草原の世界へと移り変わる。
無数の光の玉が地面から現れ、奏の周りを囲う。
開いた便せんには、こう書かれていた。
“拝啓、親愛なる奏へ。
この手紙をあなたが読む頃には、私はもう此処に
はいないけど、
たとえ、離れ離れになっても、私はあなたの中で
生きています。
そして、いつまでもあなたの幸せを願っていま
す。
だから、頑張って!
どうか、闇に呑まれないで!
叶うのなら、もう一度あなたと共に奏でたかった。
奏、私の妹になってくれてありがとう。
あなたと過ごせて幸せでした。
お姉ちゃんより。“
奏の瞳から、数滴の涙が零れ落ちる。
“私、もっと、もっと練習して、お姉ちゃんみたに
弾けるようになる!”
奏はふと、幼いころに姉と交わした約束を思い出す。
涙が次から次へとあふれ出し、
奏は涙でいっぱいになっている情けない顔を手紙
で覆い隠す。
この時、少しずつ奏の心も変わり始めていた。
それは、奏がもう一度コンクールに出ることを決
意した瞬間だった。
奏は、放課後になると音楽室に向かった。
春も、夏も、秋も、冬も、一日も休まず音楽室に
通い、毎日のようにヴァイオリンを弾いた。
同じ主題を、何度も、何度も、間違えながら弾き
続けた。
友達と一緒に帰る約束も断り、たった独りでヴァ
イオリンと向き合った。
時は流れ、高校生になった奏は、
再びコンクールの舞台に立った。
スポットライトの光量が強すぎて、
舞台の上からでは観客席がよく見えない。
そのおかげで、奏の心はとても落ち着いていた。
奏の首元には、姉からもらった二つのペンダント
がかけられていた。
よく見ると、三日月のペンダントに丸いペンダン
トがぴったりとはまっている。
奏は深呼吸をし、そっと弓を弦に押し当てる。
そして、ヴァイオリンを弾き始めた。
サビに入った途端、会場の雰囲気が変わり、辺り
が奏の発するオーラに包まれた。
観客席で退屈そうに聞いていた人たちが、一斉に
奏の演奏に耳を澄ませる。
それでも、ヴァイオリンを弾く奏の表情は穏やか
で、楽しいという気持ちが、
彼女の奏でる音色にも表れていた。
客席の上では、
姉の亡霊が奏の演奏を笑顔で見ていた。
それからも奏は、ヴァイオリンの音に集中しなが
ら、
自分の想いを込めて弾き続けた。
演奏が終わり、退場しようとした時、静まり返っ
ていた観客席から拍手が聞こえた。
それに続いて、次から次へと拍手が増え、気づけ
ば、奏は舞台の上で涙を流していた。
奏は、鍵盤から指を離すと、観客席に向かって笑
顔を向けた。
そして、場面が奏の部屋に切り替わる。
机の上には、姉と撮った幼いころの写真と、
今回の発表で優勝した時の写真が飾られており、
その写真に写るトロフィーを抱えた奏の顔は、幼
いころのように輝いていた。
5、さよなら私、さよなら魂
最後の答え合わせをしよう。
幸福とは何か?
家族の在り方とは何なのか?
振り返れば、自分に対してそればかり問い続けてきたように思う。
私は、多くの人から愛されてきた。
これまで、彼らから沢山のものを貰った。
それなのに、私は彼らに何も返せなかった。
受けた恩を返せないまま、時間だけが過ぎていき、
気づけば、どうしようもない大人になっていた。
生まれながらにして与えられた戒律を破り、
多くの罪を抱えてきた。
惨めな思いを散々してきた。
みんな、自分の元から離れて行った。
自分の代わりは幾らでもいるし、
どこにいても必要のない存在だと思い知った。
私は、私でいることを本気で辞めたかった。
毎日苦しいことばかりで、何度も終わりを考えた。
亡くなった父親を思い出す度、
手が震え、涙がたくさん溢れた。
もう、頭を撫でてくれる人も、
抱きしめてくれる人もいない。
そう思うと、何もかもがどうでも良くなった。
学校から逃げ、勉強から逃げ、家族から逃げ、
努力から逃げ、自分自身から逃げ続けてきた。
その結果がこれだ。
下からの眺めは、本当に滑稽だった。
けど、私は過去の自分がしてきたことに対し、
否定も肯定もしないつもりだ。
誰かを憎むのも、執着するのも辞めた。
他人が定めた合わないやり方に固執する必要もなくなった。
それが、とても嬉しく思う。
目を閉じれば、幼い頃の記憶が蘇る。
母親の腕に抱かれながら聞いた子守唄。
公園のベンチで父親から貰ったお菓子や缶ジュース。
誕生日に出された、大好きなチョコレートケーキ。
親に連れて行ってもらったオーケストラのコンサート。
近所の美術館で見た大きな絵画。
こんな自分を受け入れてくれた三人の幼馴染。
当時は当たり前に思えたその一つひとつが大切だった。
私にとって、何にも代え難い宝物だった。
このような結果になってしまったのは全て私の責任だ。
親がどうとか、生まれた環境が悪かったとか、
そういう問題じゃない。
だから、君にこんな選択をさせてしまった私を、
どうしようもない私を、どうか許してほしい。
こうしている間にも、
器を失った私の魂は消えようとしている。
ようやく、この役目を終えることができる。
結局、独りになってしまったけれど、
誰も幸せにすることができなかったけれど、
君のおかげで、多くのことを知ることができ、
そして、幸せな人生を送ることができた。
心から、楽しかった。
私は、ここで生きた。
その事実があるだけで十分だ。
後は、君たちに任せるよ。
さよなら私。
さよなら魂。
これまで、よく頑張ったね。
本当に、お疲れ様。
生きてくれて、ありがとう。
君と出会えて、本当によかった。
END




