9. 157人 対 4人
確かに、ロアは引きこもった。
クランバトルまでの一週間、見事に引きこもった。
俺がよく遺跡発掘するダンジョン奥の広場、そこで一週間引きこもって、俺とシーヴ、ミーシャの三人を、徹底的にしごいたのだった。
ちなみにシーヴとミーシャには、クランバトルに参加する必要は無いとあらかじめ伝えたのだが、逆に怒られた。「リーダーの夢は、僕たちの夢っすよ」というシーヴの言葉に俺はこっそり陰で泣いたが、これは彼らには内緒だ。
「ぼくはやれる、やれるっすよ! やるっすよ! リーダー!」
ほとんど寝ずにしごかれまくったシーヴの目は、完全にキマっててこわい。
かくいう俺も、似たようなものだった。思い出したくないほどに過酷な一週間だったが、謎の自信と高揚感に、やれる気しかない。しかし、なにがやれるかはよくわかっていない。
「私、しばらく、引きこもるのやめようかな……」
ちなみにミーシャは「魔力を枯渇させて底を広げろ」みたいなことを言われて、限界まで魔法を使いまくるみたいなハードな特訓を受けていた。目の下には濃い隈がくっきりだ。
常に死と隣り合わせの一週間を生き延びた俺達には、目の前に広がるクランバトルの舞台がむしろ安全地帯にみえた。もうこれで、ロアにしごかれなくてすむ。
ほっとしながら、背中の荷物を背負いなおす。この一週間、ロアがかき集めてきた、謎の葉っぱとか粉とか、そういうのが大量に入っている荷物だ。気のせいか、変な臭いがするんだが、ロアからはあまり吸うなと言われている。
ちなみにロアは、腕を組みながら、静かにあたりをながめている。その先には、いくつかの丘や無人の家屋、林などを含む土地が、柵で覆われていた。
ぐるりと柵で覆われた反対側に、レッドハンズもいるはずだ。ここからは、遠すぎるし、遮蔽物もあって見えないが。
空には分厚い雲。晴れているとは言い難い。
ロアは指先を軽く舐め、人差し指を宙に掲げた。
「良い天気だ。天候が味方してくれるのはありがたい」
ロアの言うことがよくわからず、俺も人差し指をなめて掲げてみる。
風は吹いていなかった。
そんなことをしているうちに、クランバトル開始の時間が近づくと、腕に冒険者ギルド腕章をつけた女性が紙とペン片手にやってきた。
女性は一直線にロアへと向かう。
「どもー、えっとリーダーのカイルさんは、こちらかな?」
「いや、俺は雑用係だ」
「えっ、雑用……?」
怪訝な顔で、ロアをちらちら見ながら女性が俺の方へとやってくる。確かに、ロアはその風貌といい所作といい、ボス感漂いまくっているから、気持ちはわからなくもない。
「失礼しました、わたくし、冒険者ギルドのクランバトル担当スタッフです。まずはこちら誓約書にサインを」
差し出された紙にさらさらとサインをする。
死んでも文句言わないこととか、負けたらクラン解散もしくは勝利チームに併合、といったことが書かれている。
「えっと、タンク剣士のカイルさんがリーダー、魔法師のミーシャさん、テイマーのシーヴさん、それから雑用係……のロアさんの四人ですね。対戦相手は157人となります」
さすがレッドハンズ。
4人相手に容赦ない。普通に総戦力で来たようだ。
こちらもそのつもりだが。
「規約にのっとり、あらためてルールを説明いたします。勝利条件はふたつ。対戦相手全員を柵外に出すか、もしくは相手リーダーが降参の意思を見せるか、です。何か質問はありますか?」
ロアが挙手した。
「この柵、結界だな? 治癒効果か?」
「なるべく死人が出ないよう、致命傷を負えば即座に柵の外にとばされ治癒されます。一度出れば戻れません」
「えっ、そうなの!?」
そんな仕組みがあるとは。俺はクランバトル初心者すぎて、基本を知らなかったらしい。一気に心が軽くなる。
「治癒が間に合わず、死人が出ることもあります。そのための誓約書です」
俺の心をよんだように、女性スタッフが現実を伝えてくる。
「児戯だな。まあ、児戯ほど残酷なものもないが」
ロアはふんと鼻先で笑い飛ばしていた。
開始時刻と同時に、スタッフの女性は、取り出した筒を空高く放り投げた。
空中で筒ははじけて、浮いたまま激しく煙を噴き出す。
しばらくすると、遠くで同じように煙があがる。
「では、クラン『レッドハンズ』 対 クラン『晴れのち曇り』のクランバトルを開始します!」
スタッフの開始を告げる言葉とともに、シーヴが鋭く息を吸い込み、地面に片手を当てる。
シーヴを中心に、無数の小さなネズミが沸きあがる。
さらにミーシャが杖を振り、小さく呪文を唱えると、ネズミたちの身体が淡く光りだした。身体強化のバフだ。特に足が速くなるタイプの。
ネズミたちは猛烈な速さで、一斉に走り出した。戦場の向こう側、レッドハンズがいるだろう場所目掛けて。
シーヴは目を閉じたまま動かない。
テイマーのスキル、同調だ。使役する動物たちの視覚や聴覚を覗き見ることができる。
複数の動物と同調すれば、戦況全体の把握が可能だ。そのために、ロアはシーヴの身体だけでなく、頭もしごいていた。派手で高速な神経衰弱みたいなゲームを、延々シーヴはやらされていた。
「10人ずつくらいの15組に分かれてるっすね。陣形は、弧を描く感じっすけど、左右に厚いっす。魔法師は、ここと、ここにいるっすよ」
シーヴが地面に描いた陣形に、ロアはあからさまに眉をしかめた。
「この陣形、見たことがある。向こうに、俺の戦術を知っているやつがいるな」
「大丈夫なのか、それ」
「問題ない。むしろ逆に好都合だ」
顎を揉みつつ、しばらく考えてからロアは立ち上がった。
くつくつと喉の奥で小さく笑う声が聞こえる。
「戦というのは、所詮『人』がやるものだ。机上の戦術家に見せてやろう。本当の戦というやつを」
遠く仰ぎ見るロアは、実に楽しそうだった。




