7. 異国の叙事詩
俺がミーシャの治療を受ける横で、シーヴがロアにカイロスの叙事詩について語っていた。
なぜカイロスの名を、俺が知っているのか。
瀕死のダメージを負った俺の代わりに、シーヴが説明してくれているのだった。
さすが、諳んじるほどの大ファンである。シーヴなりの解説も加えて、事細かに、喋り倒す。
最初は興味深そうに聞いていたロアだったが、次第にくるくる顔色を変え始めた。赤くなったり、青くなったり。
「いや、それは、そんな意味じゃなくて」とか「大げさすぎるだろ」とか「なんでそうなってるんだ」とか、ブツブツ言うのが聞こえてくる。
極めつけはカイロスの姉と、暁の英雄のラブロマンスのくだりだった。ここは女性にかなり人気のパートで、いろいろな派生バージョンが作られていたりするほどだ。
「なんだそれ!? 全然ちがうだろっ! あの女、むちゃくちゃ恐ろしいやつだぞ!?」
シーヴは原作に近い、大人しいバージョンで説明したのだが、それでもロアは顔を真っ赤にして頭を抱えてしまった。
「もしかしてカイロスの叙事詩って、史実じゃないんすか!?」
「いや、大筋はあっている。出てくる台詞も、似た感じだったとは思うが、解釈が違いすぎて違和感しかない」
苦々しく、ロアが吐き捨てる。
その明らかに事情通っぽい雰囲気に、シーヴが一気に目を輝かせた。
「もしかしてロアさんは、カイロスや暁の英雄を知っているんすか? 暁の英雄って、ほんとはどんな人なんすか!? 僕、ここの台詞めちゃくちゃ好きで」
「うわああ、やめろ!」
暁の英雄の長尺な台詞まわしとともに、身を乗り出したシーヴに、ロアは耳を塞ぎ激しく首を振りはじめた。
「知らん! 俺は、なんにもしらないぞ! カイロスも、ヤツの姉も、暁の英雄も知らん!」
叫びながら、突っ伏すロア。その頭に、ミーシャがぽんとクッションを乗せた。ロアは頭の上のクッションを、さっと両腕で抱え込むと、呻きながらそのまま丸まってしまった。
「でも、多少は戦とかに関わっていたんじゃないのか? むちゃくちゃ強いし」
「……まあ、だいたいの戦術は俺が編み出したようなもんだからな」
いまだに耳まで赤いが、それでもロアはクッションに顔を埋めながら、もごもごと答えてくれる。
どんな戦術があったのか、などと話しているうちに気を取り直したのか、クッションから顔をあげて座り直した。
「そういえば、戦術書の執筆会議とやらで、戦に関係ないことも根ほり葉ほり聞かれた覚えがあるが、いやまさかな」
首をひねるロア。
窓の外から、朗々とした吟遊詩人の歌声が流れ込んできた。
「ん。なんだ、これ」
「なにって、吟遊詩人がうたってるんすよ。カイロスの叙事詩を」
「はっ!? なん、どういう!?」
窓の外、吟遊詩人のまわりには人だかりができている。若い女性が多い。
それを見たロアは、真っ青な顔でクッションを形が変わるほど抱きしめた。力が強いからか、中の綿がはみだしそうだ。
「ここじゃあ、大人気でしょっちゅう吟遊詩人があんなふうに道端で歌ってるんだけど」
「なっ、……あんなものがそこらへんで!? ……何度も!? もういやだ! 俺は外に出たくない……!」
ぷるぷる震えるロアの肩に、ミーシャがぽんと手をおいた。
他者とのかかわりが苦手なミーシャにしては珍しく、目を輝かせてロアをのぞきこむ。
「一緒に、ひきこもろっか」
吟遊詩人の歌う、だいぶ濃厚なラブシーンが佳境な中、ロアはクッションに顔をうずめながら小さく頷いていた。




