5. 命を助けた礼
ロアの手にあるのは俺の剣。おそらく、部屋に置いてあったものを持ち出したのだろう。
それは、一呼吸にも満たない時間だった。
一切の無駄がない、優雅な舞。
ロアが剣を数度振るうだけで男たちはうずくまり、彼らの剣が床に転がる。
あるものは片腕を、あるものは両腕を、切り落とされて苦痛にうめく。
冗談みたいに血が床に広がった。
「死人に口無し、だったか。敗者はそうあるべきだと俺も思う」
「ひっ」
血に濡れた切っ先を、ロアがいまだへたりこむフロイドの喉元につきつける。
確かにそれは俺の剣だが、知らない剣みたいだった。
なさけなく開いたフロイドの股間に、濡れた染みが広がっていく。それでもフロイドは、震える声でまくしたてた。
「お、お前は、なんなんだ! ク、クラン同士の争いに部外者が首を突っ込むのは禁止のはずだ!」
「そうか。なら俺はこのクランの、んー、そうだな、雑用係だ。だから、部外者じゃない。これでいいな?」
その言葉と同時に、あたりの空気が一段下がった気がした。
奇妙な、圧のようなものが場を支配する。
痛みにうめいていた男たちの声がぴたりと止む。
男たちは歯をくいしばり声をおさえ、ひたすら震えていた。
今まで感じたことのないほどの、濃厚な死の気配。
気づいたときには俺は叫んでいた。
叫んだつもりだった。
口から出たのは、情けない掠れ声だったが。
「ロア、やめてくれ。殺すのは、だめだ」
フロイドには腹が立つが、それでもこの先に起こることを俺は望まない。
「たしかに、相手の治癒力を削るのは戦の基本だ。敗残兵は殺さず地獄の中で生かすのが、鉄則だな」
そう言い放つと、ロアは容赦なくフロイドの両目を切り裂いた。
つんざくような悲鳴とともに、フロイドが顔を覆ってのたうちまわる。
「十数えてやる。消えろ」
扉の向こうにいた――おそらく強奪した金品を運ぶ係だったのだろう――何人かのまだ五体満足な男たちが、かわいそうなほど震えながらフロイドたちを回収していった。
「どうにも、動きづらい。……長くは保たんな」
そんなことを呟きながら、ロアは剣をしまう。
たった今、目の前であれほどの惨劇が繰り広げられたというのに、鞘におさめる所作は美しかった。
刀身が鞘に消えた途端、一気にあたりに音が戻った気がした。
今さらながら鼓動が激しく耳鳴りのように脈打つ。
あえぐように何度も深呼吸を繰り返す。
鼓動も呼吸も、まるで今まで動きを止めていたかのような、そんな錯覚を覚えた。
恐ろしかった。ただひたすら、恐ろしい光景だった。
きっとロアは、俺の知らない倫理観で生きている。
なのに同時に湧き上がる、顔が熱くなるほどの高揚感。
あんなに恐ろしいのに、それでも魅入ってしまう。
彼こそが希望の光だと、そう思えてしまうほどに。
「頼む、ロア! 俺に力を貸してくれ」
気づけば、すがりつくようにロアに頼み込んでいた。
彼ならなんとかしてくれる。彼さえいれば、クランバトルはなんとかなる。
そんな気持ちに無性に駆られた。
あとで思えば、ずいぶんと浅慮で愚かで自分勝手だったと思う。でも、この時は他にどこにも道が見えなかった。
とにかく、俺はロアに事情を話した。
意に沿わず、戦わなければならないこと。
戦わなければ、クランが解散になってしまうこと。
俺は、俺の夢のためにどうしてもクランバトルで勝ちたいこと。
一通り事情を聞いたロアは、きっぱりと言い放った。
「断る。俺はもう、誰かの夢のために戦うのはこりごりだ」
鋭い瞳だった。
強烈な意思の強さを秘めた瞳に、俺はたまらず膝をつき項垂れる。
このままクランバトルで負ければ。
レッドハンズでは、俺のやりたいことなどさせてもらえないだろう。
冒険者をやめても同じだ。冒険者でなければ、遺跡発掘の許可が下りない。
一生、自分のやりたいことができずに、死んだような目でただ日々を生きることになる。
遺跡を発掘して、未知の物質に出会うことも、初めて発見した古文書を読み解いて興奮にひたることも、二度とないのだ。
耳元で笑い声が聞こえた気がした。
それは、俺の母親の声にも、友人の声にも、さきほどのフロイドの声のようにも聞こえた。
ほら、やっぱりだめだった。
ガラクタ集めなんて無駄だっただろ。
良かったな、ゴミを処分できて。
違う、と心の中で叫ぶ。
そんなことはない、と。
これは、本当に大事なことなのだ、と。
たとえ他人がどう思うと、俺の夢は、価値がある。
命を賭けるほどの価値が。
ここで諦めたら、俺は一生、俺自身を許せない。
――命を賭ける覚悟もない夢に、価値などない
ふと、カイロスの叙事詩の一節が頭をよぎる。それは今の俺の心に重く響く。
拳を握りしめ、顔をあげた。奥歯をぎりと噛みしめる。
「たのむロア、俺と決闘してくれ。俺がロアより強いと示せたら、クランバトルに強力してくれ」
半ばダメ元で告げた俺の嘆願に、ロアはひどく驚いたように片眉をあげた。
剣の柄を握り、琥珀の瞳で真っすぐ俺を見据えてくる。
「負ければ死ぬが、いいのか」
刹那、俺の身体を貫く強烈な圧。
斬られた。
そう錯覚するほどのロアの気迫に、膝をつきたくなるのを必死でこらえる。
実際は斬られてなんていない。ロアは剣を握り、俺に視線を向けているだけだ。
それでも彼の全身から立ち昇る気配が、存在が、俺を必ず殺すと告げてくる。
それを承知の上で、俺は迷いもなく頷いた。
たとえここで死んでも、なんの希望もなく無為に生き続けるより、ずいぶんマシな結末だ。
「いいだろう、カイル。俺の命を救ってくれた礼に、夢を抱いたまま死なせてやる」
にっと笑ったロアは、まるで獰猛な獣のようにみえた。




