4. 臨時雑用係
男が目覚めたのは、翌日の早朝だった。
俺はソファでうとうとしたものの眠れず、なんとはなしに男の様子を見に来ていた。
そろそろ夜が明ける、そんな頃合いだ。
窓の外が白み、一瞬金色の光があたりを照らし、淡い朱色の朝焼けが空を染める。
まるでそれが合図だったかのように、男が意識を取り戻す。
やや色黒なうえに、髪も黒いからてっきり瞳も黒いだろうと思いこんでいた。
だから目覚めた彼の瞳が、澄んだ琥珀だったことが俺には意外だった。
「どうだ気分は。痛いとこないか? 水飲む? 腹は減ってるか? いや、いきなり飯は無理かな。って、言葉通じるんだっけ?」
漂流者とのファーストコンタクト。
早起きしていて本当によかった。やはり未知との遭遇は一番乗りに限る。
喜びのあまり捲し立てる俺に、男は驚いたように目を丸くしながら差し出したコップをおとなしく受け取った。
おそるおそるコップの水をひと舐めしてから一気に煽る。
喉が渇いていたのだろう。三杯ほど立て続けに飲んで、ようやく落ち着いたようだった。
用意しておいた粥皿も出してみる。
腹も減っていたらしく、あっという間に粥をたいらげるとお代わりまでした。
「食えたな、よかった! 俺はカイル。お前の名は?」
「俺は、……ロア」
「うおお、言葉が通じるっ!」
低いよく響く声は、少し訛っているが思いの外聞き取りやすい。
感動のあまり、横の机からノートを引っ張り出して訛り具合をメモる。
「ここは……俺は、砂海を越えたのか」
物珍しそうにロアがあたりを見まわす。おそらく調度品や家の造りがロアの国と違うのだろう。
落ち着いていて偉い。
俺がもしロアのように異国に流れついたのなら、興奮のあまり初手からあちこち漁りまくる。
一通り今までの経緯を説明し、ロアに根掘り葉掘り質問していく。
やはりロアは、ガチで砂海を渡ってきた漂流者だった。
しかもただ流れてきただけではない。砂海の真ん中には巨大なモンスターがうようよいて、それの血肉で生き延びながらここまで来たとのことだった。
全身に浴びていた血のようなものは、モンスターの返り血だったらしい。
ちなみにモンスターはくそまずかったらしい。
ロアは他にもいろんなことを語ってくれた。
東の地で長く続いていた戦乱は、数年前に終結していること。
今はエスペラントという国になっていること。
俺は終始雄たけびを上げながらひたすらメモった。
代わりに、問われるままに俺の知るこの国の事情も話しておく。
気づけば太陽はすっかり昇り、外でさえずっていた小鳥も落ち着く頃合になっていた。
「なるほど。ここは統一国家というより、職ごとにわかれた複数の組織で構成されているのか。興味深いな。軍のような組織はないのか?」
「それは冒険者ギルドが担っているんだ。うちも冒険者ギルドに所属してて、俺はこのクランのリーダーなんだけど」
そこまで話して、唐突にクランバトルのことを思い出して憂鬱になった。
正直この先、どうなるかわからないのだ。冒険者でいられるかも。
「カイルはなぜ冒険者を?」
ロアの問いかけに気を取り直す。
今、クランバトルのことを思い悩んでも仕方ない。
「そりゃあもちろん、遺跡に眠る遺物や古文書をまとめた大辞典を完成させるためだ。必ず後世に残る大偉業になる。浪漫溢れる夢だろ?」
「ん。そういう夢も、あるのか。面白いな」
ロアの反応が、俺は嬉しかった。
いろんな人に散々言われてきたのだ。
そんな、金にもならないこと。
そんな、意味のわからないもの。
そんな、くだらないもの。
なぜ、そんなもののために、危険をおかして古い遺跡にいくのか、と。
だから面白いという一言だけで、俺は一気にロアに親近感を抱いた。
「ロアにもそういう夢があったりするのか? もしかして、砂海を渡ったのもそれが理由とか?」
「いや、ちがう。しかし俺の夢か。そんなこと聞かれたのははじめてだな。むしろ夢なんか――」
入口の扉が激しく叩かれたのは、その時だった。
郵便といった雰囲気ではない。もっと無遠慮な叩き方だ。
怪訝に思いつつ、ロアには出てこないよう言い含めて、入口へと向かう。
警備担当のクランが、ロアのことを嗅ぎつけてきたのかもしれない。
もっとロアと話しておきたいのに。
扉を開けた先のニヤケ顔に、見覚えがあった。
「よお、カイル」
「レッドハンズの、フロイドさん……」
「その様子じゃ、話は聞いてるみたいだな。迎えにきたぜぇ」
咥えていた葉巻を指でつまみ、わざと俺に煙をふきかけてくる。
フロイドは、レッドハンズの幹部メンバーだ。
「すみませんが、このクラン棟は禁煙なんです。迎えにきたって、なんのことですか」
「なにって、クランバトルの前に解散して、不戦敗にするんだろ? 治癒系魔法師は貴重だからな。正直お前とシーヴは使えないが、雑用係とか、練習用の打ち込み台とか、なんか有効活用してやるよ」
フロイドの後ろにいた男たちが、げらげらと笑う。
彼らの肩には、お揃いのようにレッドハンズのメンバーであることをしめす刺繍が縫いつけられている。
「ゴミしかないだろうが、整理は早いほうがいい」
その言葉を合図に、フロイドたちが強引に扉をあけて押し入ってくる。
押しとどめようとするも、数にまかせてなだれこんできた。
「待ってください、まだ解散すると決まったわけじゃ」
「んー? どうせ勝ったら、お前たちの財産は俺のものだ。ためこんだガラクタは処分だけどな」
棚に並べられた遺物や資料の数々に、フロイドが手をのばす。
どれも、俺たちが苦心して集めたコレクションだった。
「それに、触るな!」
まるでどうでもよいもののように、無造作につかもうとする手つきに、たまらずフロイドを突き飛ばす。
俺の抵抗は予想外だったらしい。
盛大に尻もちをついたフロイドは、顔を真っ赤にして俺をにらみつけ、つばを飛ばしながら怒鳴り声をあげた。
「こいつもここで処分だ!」
「おっと、いいんですか」
男たちが楽しげに口の奥で笑いながら、剣を抜き放つ。
長剣ではない。屋内での戦闘用によく使う、ミドルサイズの剣だ。はなから、抵抗されたら斬り捨てるつもりでいたのだろう。
対する俺は、剣もなければ鎧も盾もない。魔法の類は、もとから使えない。
冷たい汗が、背中を伝う。
「それは、さすがに冒険者ギルドが黙っていないでしょう!」
「死人に口無しだ。クランバトルで勝てそうにない弱小クランが対戦相手を襲ったものの返り討ち。悪くない筋書きだろ? やれ!」
いくつもの白刃が迫る。
スローモーションのように見えた。
俺にはまだやりたいことがあるのに。
まだ、夢の切れ端すら掴んでいないのに。
せめて一太刀で切り伏せられるのだけは避けようと、急所を庇い、床を転がる。
身体を貫く痛みの代わりに、響いたのは硬質な音だった。
剣と剣が、交わる音。
「弱小クランを舐めてかかって強盗まがいの不埒な輩が返り討ちにされた、という筋書きの方がよくないか?」
いつの間に現れたのか。
今朝まで昏睡状態にあったはずの漂流者――ロアが、男たちの刃を防いでいた。




