3. 冒険者ギルドからの報せ
ミーシャの指示に従い、桶に水を張ったり、乾いた布を準備したりしていると、おもむろに入口の扉が叩かれた。
郵便らしい。すぐに白い封筒を手に、シーヴが戻ってくる。
「仰々しい雰囲気なんすけど、なに書いてあるんすかね?」
しっかりとした紙質の封筒には、ギルド連盟および冒険者ギルドの紋章が記されている。
公的な書類の郵送に心当たりはない。
最近なにか事務手続きをした覚えもないから、ミスった書類の差し戻しもないはずだ。ちなみに過去に手痛い記入ミスをしたことがある俺は、滅多に書類をミスらない。
首を傾げつつ封筒を開け、目を疑った。
それは冒険者ギルドからの通達だった。
書かれていた内容はおおまかに三つ。
乱立する冒険者クランの品質維持のため、下位クラン同士でクランバトルを行う。
敗北したクランは解散すること。
クランバトルは一週間後に開催する。
「クランバトル!? なんで下位クランのうちが!?」
冒険者ギルドに所属するクランは、上位クランと下位クランの二つに分類される。
クエスト等をこなしてクランポイントをため、それがランキングに反映される仕組みだ。
下位クランのうちランキングTop10は、クランバトルつまりクラン同士で対人戦を行い、上位クランを決めるのだが。
「でもうち、万年ランキング下位の文化系クランっすよね!?」
シーヴの言う通りだった。
俺がリーダーをつとめるこのクランは、基本、遺跡発掘がメインで、クランポイントを稼げるモンスター討伐などのクエストには手をださない。
のんびりまったり遺跡を漁り、遺物を集めて楽しんだり、発掘から得られた知見を編纂したりと、文化的活動がメインのクランだ。
だから万年クランランキングは低いし、クランバトルなんかに縁がない。
クランメンバーだって、三人しかいない。
治癒魔法師のミーシャと、小動物専門のテイマーであるシーヴ、そして耐久力だけがウリのタンク剣士の俺。
剣士といっても相手を倒すというよりは、攻撃に耐えて逃げる隙をみつけるとか、そういう戦い方しかできない。無駄に忍耐力はあるから、締め切り間近に五徹できるくらいしか誇れることがない。
こんなメンバーで、対人戦なんてまず無理だ。
「確かに冒険者クランは乱立気味だけど、いきなりこんな。下位クランを半分にするってことじゃないか」
商人ギルド、農民ギルド、職工ギルド、そして冒険者ギルド。
ギルド連盟にはこの四つが所属するが、冒険者ギルドはその他扱いみたいな感じで、他3ギルドにおさまらない者たちでクランを組んで好きにクエストをこなしている。
だから乱立気味になり、特に下位クランは数も多い。
そんな中で、今回のようにクラン選別まがいのことをすれば、うちのような弱小クランは淘汰されるだろう。
もう一度、冒険者ギルドからの手紙に目を通す。
対戦相手:クラン「レッドハンズ」
下位クランの中でも、強豪であるそのクラン名に、思わずた溜息をつく。
どう考えても勝てるわけがない。うちに火力がなさすぎる。
戦力を増強するあてもない。
冒険者ギルドからの手紙を片手に茫然とする俺とシーヴに、まだ眠たげなミーシャの治療終了を告げる声が響く。
そこで俺はようやく、男の治療をミーシャ一人に任せっぱなしだったことを思い出した。
「ミーシャ、おつかれ……うわっ、うわぁ」
いまだ意識戻らずベッドに眠る男は、見事なまでに身ぐるみ剥されていた。
治療のために服を脱がすのはとてもわかる。
しかし女性であるミーシャの横に屈強な男が全裸で、しかも俺のベッドに横たわっている違和感に不覚にも動揺した。
ミーシャが平然としているから、なおさら狼狽えてしまったのが恥ずかしい。深呼吸で心を落ち着ける。
「だめだった?」
「いや、だめじゃないよ。あとでパンケーキも焼こうか」
「浅い傷ばかりだったから、そんなに大変じゃなかったけど、パンケーキは食べる」
じゃあ、下着くらいは脱がさずおいといてあげてもよかったんじゃないか。
そんな疑問が頭をかすめたがミーシャに任せっきりだった手前、俺に意見を言う資格などない。
冒険者ギルドの通達は衝撃だったが、それでももっとミーシャを手伝うべきだったと反省する。
よく考えたら、この男性の尊厳的にもよくなかったかもしれない。俺がこの男の立場だったら、この状況はちょっと辛い。
俺のそんな気持ちなど露知らず、ミーシャは軽く男の胸を叩いて首を傾げた。
「この人、魔力全然無いの。人間なら少しはあるはずなのに」
「体質かな? あとは俺がこの男を看ておくから、ミーシャは休んでて。疲れただろ」
俺も首を捻りつつ、ミーシャをひとまず部屋に返す。シーヴも、吟遊詩人の歌を聞きたいからと出かけて行った。
部屋には俺と男のみ。
横たわる男に俺の服を着せておく。大柄な俺の服がぴったりだった。
汚れを落とし身綺麗にした男は、思ったより若かった。俺より少し年上、二十代中頃といったところか。
髭をそれば、それなりに異性から目を引く風貌になりそうだ。
それにしても身体のあちこちに古傷がたくさんあることが、なんだか意外だった。
すぐに治癒魔法を使えば大抵の傷はあとも残さず消えるはずなのに。
一通りやることを終えると、嫌でもあの冒険者ギルドからの通達が頭をよぎる。
どっかりと椅子に座り込む。
身体がひどく重い。
――敗北したクランは解散すること。
あの手紙の文字がゆっくりと頭の中で大きく浮かび上がり、黒い沁みのように残る。
遺跡調査には、危険が伴う。
そのため、冒険者でなければ調査許可がおりない。
他クランに所属して、こんなに自由に遺跡調査をさせてもらえるだろうか。
もちろん答えは否だ。
クランポイントもろくに稼げない遺跡調査は、普通のクランなら見向きもしない。
俺がやりたいことをやるためには自分でクランを持つしかない。そのことは今までの経験でよくわかっている。
とはいえクランバトルで冒険者相手に戦うなんて、やったこともないしやりたくもない。
モンスターでさえ、なるべく殺さず追い払うか逃げるかしているのだ。
そもそも、相手はあのレッドハンズ。
勝ち目がないうえに、一方的に殺される可能性だってある。
棄権して不戦敗にするのが、賢いやり方だろう。
ベッドの上で、男は静かに眠り続けている。
精悍ながら、寝顔は妙にあどけない。
窓の外から、吟遊詩人の歌声が聞こえてくる。
カイロスの覇道を支えた、暁の英雄について歌い上げているところだった。
暁の英雄は、カイロスの夢に寄り添い、彼の抱く平和な世界のために、強大な敵を次々と打倒したという人物だ。
金に輝く瞳をもつ魔剣士で、カイロスの叙事詩の中でもシーヴが一番好きなキャラらしい。
――命を賭ける覚悟もない夢に、価値などない
叙事詩の序盤、そんな台詞とともにカイロスは、圧倒的な力を持つ暁の英雄に決闘を申し込むのだ。
彼の助力を得るために。
自分の覚悟を見せるために。
ひとつ深く息を吐き、またクランバトルへと考えを巡らす。
俺は、俺の夢のために、命を賭ける覚悟があるだろうか。




