2. 漂流者は突然に
窓の外から流れてくる吟遊詩人の伸びやかな歌声を聞きながら、俺は握った物を眺めてはニマニマしていた。
まるっこい鈍色の物体の真ん中に嵌め込まれた、まるで瞳のように赤い石。
先日の遺跡発掘で、俺がゲットした遺物のひとつである。
良い。
この丸み。
艶。
ややずっしりめの重み。
石の縁は滑らかで、いつまでも触れていたい。
惚れ惚れしながら、撫でたり頬ずりしたりしていたのだが。
「リーダー! 大変っすよ!! すごいものが!」
「おわぁ!?」
勢い良く開いた扉に驚くあまり、遺物を落っことしかけて慌ててキャッチした。
ばくばく高鳴る鼓動を抑え、慎重に机の上に遺物を置く。机には似たような、しかし少しずつ形の違うものたちがおびただしく置かれている。その一番新参の席にそっと並べた。
「どうした、シーヴ。カイロスの叙事詩は終わっていないぞ」
吟遊詩人はまだ高らかに歌声を響かせている。
シーヴは、いままさに吟遊詩人が歌っている「カイロスの叙事詩」の大ファン。
昨日から楽しみに待ちわびて、今朝は早くからカイロスの叙事詩に備えて外出していたはずだった。
扉の向こうからシーヴが何かを重たげに引きずってくる様子に、俺は嫌な予感がした。
「鳥か? 獣か? こんどは何を拾ったんだ?」
シーヴはテイマー――獣使いであるせいか、すぐに怪我をした動物を拾ってきては担ぎこむ。
それ自体はだめではないが、たまにヤバいものを拾ってくるのだ。
この前なんて、青臭熊を拾ってくるものだから、ひどい異臭騒ぎに発展した。怒り狂った大家の怒鳴り声に、まだ時々うなされる。
「テイムできないサイズのものは拾ってくるなと」
「いや、鳥でも獣でもなくってっすね」
よいしょとばかりにシーヴが引っ張りこんだ黒っぽい砂まみれの塊。
ハーフリングであるシーヴよりも随分と大きいそれを見た途端、衝撃にくらりと眩暈がしたのは気のせいではないだろう。
無意識のうちに立ち上がっていたらしい。椅子が派手な音をたてて倒れた。
「ドワーフ!? いや、人間か!? どこに落っこちてたんだ、これ」
「果てのほら、砂いっぱいのとこっすよ」
「砂海か。なんだってそんなところに。酔っぱらってうっかり足を踏み入れたのかな。なんで拾ってきちゃったの」
「僕も最初、警備クランに渡して終わりにしようとおもったんすけど、ほらこの服の生地見たことない素材なんすよ。デザインも変わってて。リーダー、こういうの好きっすよね?」
「まさか、漂流者か!?」
一度迷い込めば、ほぼ確実に戻れない砂漠地帯。
それが、果ての砂海だ。
海とつくのは伊達ではない。
砂自体が流れをつくり動いているのだ。砂海の中心部にいくほど砂の動きは激しいらしい。そこには木も水もないが、巨大なモンスターが何体も住み着いていて砂の波間で獲物を待っているとかいないとか。
稀に人間が砂流にのって流れ着くことがある。
漂流者と呼ばれる彼らが口を揃えて言うには、砂海の向こうから来たのだという。
砂漠の向こうには、まだ見ぬ世界がある。
新たな大地、新たな交易先を求めて、今まで何人も砂海を渡ろうと試みたものの帰ってきたものはいない。
シーヴが好きなカイロスの叙事詩も、数年前に漂流者から伝えられた異国の武勇伝だったはずだ。
もしこの人間が砂漠のむこうから来た漂流者だとしたら。
ギルド連盟に引き渡す前に根掘り葉掘り、話を聞きたいに決まっている。
体つきからして男性だろう。がっしりしていて大柄だ。ぐったりと意識を失っているものの、体温も脈もある。
身体中ねとねとした黒いものがこびりつき、さらに砂が張りつきごわごわして臭かった。
「これ、血かな?」
男の身体にこびりつく液体が乾いた血だとしたら、大量に出血したことになる。
しかし細かい傷や痣こそあれど、目立った裂傷も部位欠損も見当たらない。
「ミーシャ! ミーシャきてくれ!」
腰に下げた緊急用の鈴を激しく鳴らす。
鳴らしながら、奥の部屋の扉を激しく叩いた。
「あ、ふあ、なに?」
扉の向こうから、寝乱れてもじゃもじゃ頭のつむじがのぞく。茶色がかった前髪がもっさりと目を覆っているものの、雰囲気から眠そうだということがわかる。
彼女は、夜遅く朝も遅い。常に乱れた生活をしている。
いつもならまだ寝ている時間だ。叩き起こしてしまったのだろう。
ミーシャは寝ぼけ眼をこすりながら、小さく欠伸した。
「すまない怪我人だ。治療を頼む」
「ひえ、むり」
閉まる扉に足を挟み、無理やり扉をこじあける。
ひきこもり気味のミーシャは、知らない人と会うのを極端に嫌う。しかし今は彼女の治癒魔法が必要なのだ。
だがミーシャも負けていない。よっぽど知らん人に会いたくないのだろう。扉を押さえたうえに、俺の足を踏んできた。
「大丈夫だから! この人、意識ないし」
「………………意識、ないの?」
足を踏む力が弱まるとともに、扉が少し開き眠そうな瞳が瞬く。
「あとで、山蟹のパイ、焼いてくれる……?」
「紫蜜桃のゼリー寄せもつけよう」
話はまとまった。
シーヴと二人がかりで男を俺のベッドに運びこむ。
見た目よりもずっと重い男だった。
「んん、この人、剣士っすかね? リーダーとこのへんとか似てる感じ」
男の手を見ながら、シーヴが首を傾げる。
分厚い手の平は固い。とくに剣を扱うときにできる特有のたこが見てとれた。俺の手の平にあるものより、ずっとしっかりとした存在感を放つたこだ。
「タンク系の俺とちがって、この人はもっと火力よりの剣士かも」
「てことは、何かと戦って、こんなにボロボロになったんすかね?」
シーヴの言葉に俺は、はたと気が付いた。
男はたいした怪我もないのに血にまみれている。
これは、返り血なのかもしれない。
この男は砂海で何と戦い、そして生き延びたのだろう。




