16. 誰も知らない英雄の真実について
遊び相手をせがむ息子に苦笑しながら、男は開いていた本を閉じた。
せっかく価値のある貴重な博物書を手に入れたのだ。今日はこれと向き合いたい。
とはいえ、息子の頼みも無下にできない。
ちょうどその時、窓の外から吟遊詩人の歌声が流れ込む。古い叙事詩だ。
「わあ! カイロスの叙事詩だあ!」
父親のことなど忘れたように、息子は母親のもとへすっとんでいく。
「お母さん! 一緒に行こう!」
まんざらでもない様子の母親と連れ立ち、外に飛び出していく。残された慌ただしい静寂に、男は苦笑した。
カイロスの叙事詩。語り継がれて数百年になる古の物語だ。今日は、政敵に嵌められ砂海を渡った暁の英雄が、西の地で第一の戦いに巻き込まれるくだりらしい。
外では歓声。決戦直前、戦場のどまんなかで、暁の英雄が大魔法師ミーシャの髪をかきあげ愛を囁くシーンが佳境なのだろう。ここは、特に女性に人気が高い。
この後の、好敵手アランとの決着後、暁の英雄とアランが手を握り合いながらお互いを認め合うシーンは、違う意味で女性に人気だった。
男性に人気なのは、むしろこの後。東の地で政敵を打ち倒したカイロスが、暁の英雄を助けに渡砂したことで、西の地との壮絶な戦いが巻き起こるのだ。最後は、冒険者ギルド長シーヴとの知的な駆け引きにより、戦争は集結する。
しかし、そんな叙事詩よりも、男にとっては苦労して入手した貴重な書物の方が興味深い。
手元の博物書に、再び目を落とす。
パラパラとめくり、その最終ページに書かれた文字をそっと撫でた。
――この「カイルの遺跡大博物辞典」を記す希望をくれたロアに感謝を。
「大賢者カイルに希望を与えるなんて、このロアっていうのは何者なんだろうな」
首を捻りながらも、過ぎ去った歴史に眠る浪漫に、想いを馳せるのだった。
完




