15. 希望を見出す刻
戦後処理として一番大変だったのは、不満たらたらなエリンの処遇だった。
一度ロアに斬られてからびびって前線にでてこなかったくせに、降伏したアランに対して納得できなかったらしい。
終わった直後に、散々抗議してきた。
本人曰く「あれだけ治癒とかバフとか頑張ったのに!」ということらしい。
しかも抗議しながら、ミーシャを睨みまくっていた。ミーシャはというと、エリンを相手にせず澄ました顔で無視しているものだから、余計にエリンのヒートアップは止まらない。
とはいえ、暴れるようなことはなかった。戦場の結界解除という禁じ手をやった負い目があったのかもしれない。もしくは、ロアに斬られたトラウマか。
「内部でよく話し合います」
困ったようにそう微笑みながら、アランたちは引き揚げていった。
今後についてはまた明日以降、様々な手続きがあるらしい。
難しいことはあとで考えるとして、とりあえず祝勝会ということで俺達は町の酒場で祝杯をあげた。
今日の戦いの興奮や、これからへの期待、そんなことをおおいに語り合った。
ちなみに戦闘が終わってしばらくしたら、ロアの瞳は金色から琥珀に戻っていた。あれは魔力を使うときだけ現れる現象らしい。
「ロアさんの瞳、綺麗だったすね」
「この前見つけた遺物のようだった」
「時雨飴にも似てる……」
俺達の評に、ロアは破顔した。
「俺のああいうのを散々見て、ここまで通常運転なのは珍しい」
暁の英雄については訊かなかった。
どうせ否定するだろうし。
宴の最後にロアがぽつりとこぼした。
「俺は、今夜中にここを立とうと思う」
「えぇ!? ずっといていいのに」
「俺もお前たちは気に入っているんだけどな」
酒をあおり、ロアは続けた。
「明日になればまた吟遊詩人がそこいらで歌うんだろう。俺としては、ああいうのがないところまで行きたい」
瞳に憂いをたたえた、切実な響きだった。
正直、そんなことで?って思ったが、ロアの意思は固かった。
旅立つロアのために、俺達は急いで装備をかき集め、これからのロアが困らないように路銀になりそうなものも用意した。
ロアは「別になにもなくていい」と言っていたが、さすがにそれでは俺たちの気がすまない。
「ありがとう、ロア。これ、俺の一番お気に入りの遺物」
「うちで一番賢いネズミ、持って行ってくださいよ」
「これ……、お気に入りのお店のお菓子……」
ロアは俺とシーヴの贈り物は丁重に辞退し、ミーシャの菓子は受け取った。
俺達は、少しでも長くロアと一緒にいたくて、町の外れまでロアを見送った。
四人で星空を見上げながら、他愛もない話をしたことを、俺はずっと忘れなかった。
別れ際は、陽が昇る寸前だった。
東の空が仄白む。
俺は、最後の最後でどうしても我慢できなくなって、ロアに問いかけた。
「ロア、なんで俺たちに協力してくれたんだ?」
俺はずっと疑問に思っていた。
決闘で負けたから。
本当にただそれだけで、あそこまで俺たちに協力してくれたのだろうか。
あの決闘は、まぐれみたいな結果だった。
ロアが嫌だったら、難癖つけて再試合に持ち込んで俺を殺せばよかったはずだ。
あのカイロスの叙事詩によれば、彼はもっと壮大な大義を胸に戦っていた。
カイロスの、戦乱の世を終わらせるという夢の実現のために。
その夢の果てに何があったか、ロアは語らない。
ただ、砂海で襤褸切れのようになっていたロアを思うと、きっとロアにとって良くないものだったのだろう。
だからこそ、俺のひどく個人的な夢のためにあそこまで協力してくれたのが不思議だった。
「悪くないと思ったからだ」
それは、きっぱりとした口調だった。逆光でロアの表情が見えにくいが、微笑んでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「俺も、お前のつくりあげた本を読んでみたい。そう思っただけだ」
じゃあなと片手を挙げて、ロアは歩き出す。日が昇る方へ向かって。
遠ざかるロアの背中越しに、遠く地平線が白み、一瞬金色の光があたりを照らしあげる。
それはまるで、あの金色の瞳のようだった。
暁の、輝く光に包まれるロアに、俺の胸に強烈に熱いものがこみあげる。
気づいた時には、俺は叫んでいた。
「ロア、ありがとう! ロアが何者でも、俺はロアに感謝してる!」
今までの日々が溢れだす。
クランバトルの通知が来たとき、俺の心は絶望の淵にいた。
そこに差し込んだ一条の光が、ロアだった。
きっと、俺は俺の夢を叶えるだろう。
ふと、降参を宣言する直前のアランを思い出す。
あの時のアランも、今の俺と似た気持ちだったのかもしれない。
この胸に轟く感情は、言葉にするならば「希望」。
一日で初めて光射す刻。
だれもがそこに見出す感情。
東の地の人々のことを思う。
戦乱の中、ロアに出会った人々も似た気持ちを抱いたのかもしれない。
平和を想い、安寧を夢みて、そして彼らの希望を英雄に見出した。
だから、人は彼を『暁の英雄』と呼ぶのだろう。




