14. 暁の英雄
ざっと土を踏む音とともに、ロアが俺のすぐそばに戻り、そして片膝をつく。
明らかに、様子がおかしかった。
身体中に小さな雷光が弾けては消える。それが、ロアに苦痛を与えているようだった。
額に脂汗を浮かべながら、終始小さくうめいている。
「ロアさん、大丈夫っすか?」
「大丈夫じゃ、ない」
「まじっすかー!?」
シーヴとともに俺も慄いた。
こんなに弱気そうなロアは、初めてだった。
淡い光が俺を包む。
ミーシャのバフだ。
沸き上がる力に、まだ戦場にいることを思い出し盾を構えなおす。
「ミーシャ、ロアを回復できないか!?」
「むり……、なんでロアがこうなっているのか全然わからない」
確かにそうだ。エリンの攻撃を俺もくらったが、バフが消し飛んだだけで身体はピンピンしている。なぜ、ロアだけこんなに謎のダメージをくらっているのか。
目の前で、アランが服の埃を払い、優雅な所作で俺達に向かって頭をさげた。
「うちのエリンが申し訳ありません、クラン『晴れのち曇り』のみなさん。でも、事故ということでご容赦ください」
ざっと、アランをはじめとしたレッドハンズの男たちが、手に手に武器を構える。ロアが減らしたとはいえ、10人以上が残っていた。
遠くで、エリンが杖をふるうのがみえる。もう前線に出る気はないのだろう。それでも、強力なエリンのバフがアランたちにかかっているのは明白だった。
「その男は、危険すぎる。ここでクランもろとも、消し去ることにします」
アランの合図とともに、時の声をあげながら、男たちが襲い来る。
遠くから放たれた、魔法師の属性攻撃がすぐ近くの地面を焼く。今までならミーシャがおさえこんでくれていたが、エリンがいる今、すべての魔法攻撃を抑え込むのは難しいようだ。
「リーダー、どうするんすか!?」
一瞬、降参の二文字が頭をよぎる。
そうそれば、命だけは助かるかもしれない。
――夢を抱いたまま死なせてやる
唐突に、獰猛に笑うロアを思い出した。
そうだ、ここで降参して命拾いしたからといって、あとで何が残るだろうか。
「ごめんみんな。俺は降参しない」
「そう言ってくれると思ったっすよ」
「私も、それでいい」
ロアは答えるどころじゃなさそうだが、ロアだったら降参なんかしたらむしろ怒りそうだと思った。
「ロアを信じて、回復を待つ! それまで、ロアを守り切るぞ!」
俺は力を振り絞り、己のスキルを発動する。タンク剣士の標準スキル、『挑発』だ。これで敵の攻撃を自分に集中させて盾で受けるのだ。
シーヴがネズミで、横からまわりこもうとする男たちを牽制してくれるため、なんとかなっている。アランも前線にでていないことも大きい。アランは、さきほどロアに切り落とされた腕が完治していないのだろう。エリンの横で、余裕の表情を浮かべてこちらを眺めていた。
防ぎきっているとはいえ、じりじりと後退を余儀なくされる。
時折、防ぎきれない刃が俺の兜や鎧を打つ。
痺れるような痛みを、歯をくいしばって耐える。
あのロアとの決闘に比べれば、随分と軽い攻撃だ。そう、思った。
一体、どれくらいそうして敵と戦っていただろう。
数秒なのか、数分なのか、それすらももうわからない。
いつの間にか、空は晴れていた。
夕焼けが、遠く山際を染めている。
夕陽の最後の一条が、空を彩るその瞬間。
「暗くなりきる前に、終わりにしましょうか」
アランの声とともに、強烈な一撃が俺の盾を貫いた。
盾を突き破った剣に、吹き飛ばされるように尻もちをつく。
慌てて体勢を立て直そうとするも遅い。
鋭い剣先が、いまだうずくまるロアに向かう。
それが届く寸前、剣先の前に突如壁が現れた。
鼠色の壁だった。
「む?」
いぶかしむアランの目の前で、ネズミが四方に散る。
すでにそこに、ロアはいない。
シーヴだ。
咄嗟に、ネズミで壁をつくりアランの目をくらませ、そのすきにロアを俺の元まで引きずってくる。
「リーダー、どうしよう。ロアさん寝てるっす」
シーヴの言うとおり、ロアは目をつぶって動かない。
さきほどまでの、身体中に走る雷光は消えているものの、ぐったりと意識を失っているようにみえた。
「ロア、頼む、起きてくれ! お前が俺達の希望なんだ!」
ピクリとロアの瞼が動いた気がした。
同時に、背後からの強烈な殺気が身を貫く。
反射的に、俺はロアを庇うように身を踊りだした。
エルフのバフで強化された剣が、俺の鎧を貫くのが見えた。
強烈な痛みが、肩に走る。
もう一撃、今度は足を貫いた。
「そこをどきなさい。その男さえ殺せば、お前たちは見逃すと約束しましょう」
「嫌だ! ロアを殺したければ、俺を殺せ、アラン!」
「わかりました」
こともなげに、そう言うと、アランは俺の胸目掛けて剣を繰り出した。
走馬灯のように今までの人生がよぎる。
ロアのことも。
出会ったばかりの俺のために、ロアは全力を尽くしてくれた。
彼のおかげで、俺は抗う機会を得た。
ここでロアを見殺しにして無様に生き延びるくらいなら、殺された方がはるかにマシだ。
唐突に引っ張られ視界が反転する。
「すまん、リーダー。待たせた」
それは、待ち望んでいたロアの声だった。
夕闇に染まる空と、そして、立ち上がるロアの背中。
俺はそこに、強烈な違和感を感じた。
ぞくりと背中を這い上る悪寒。
明らかに、今までとは異質の、魔力の気配がそこにはあった。
――この人、魔力全然無いの。人間なら少しはあるはずなのに
かつてのミーシャの言葉を思い出す。
ロアには魔力が無かったはずでは。
「純血のエルフも伊達ではないな。まさか、ミロボロスの枷を外してくれるとは」
傍らに転がる俺の剣を拾い上げると、ロアは低く呪文を詠唱した。
俺の剣が、黒い炎に包まれる。
明らかにそれは、ロアによる魔法だった。
「そんな、まさか、そんなことが。お前は……、あなたは……!」
アランの声は震えていた。
信じられないというように、小さく首を振る。
「なあ、リーダー」
こちらに振り向いたロアの瞳は、琥珀ではなかった。金色に輝いていた。その手には、魔法で強化された剣。
金の瞳を持つ、魔剣士。
東の地の、英雄。
一瞬、カイロスの叙事詩の一節が頭をよぎる。
「全員、殺していいか?」
ロアのその問いが、自分に向けてであることに気づくのに、少し時間がかかった。
震える声で、ようやく言葉を紡ぐ。
「できれば、殺さないでほしい」
「承知した」
俺は、そのロアへの指示が、ひどく甘いものだったとすぐに思い知った。
ロアは殺さなかった。
今まで意識がなかったのが噓のように、アランを、男たちを、ひたすら刻む。
彼らはエリンの治癒魔法ですぐに治癒し、再びロアに刻まれる。
逃げようとしても両足を斬り飛ばされる。
戦おうとしても両腕を切り落とされる。
ロアは決して、即死の傷は与えない。
「うわあ、もう嫌だ!」
そういって、自分の首に刃を突き立てようとした男の指を、ロアは切り落とす。
男たちが戦意を喪失し、血だまりの中、うずくまり助けを乞うまで。
恐ろしい光景だった。
命の取り合いをする戦場で、殺さないということがどれだけ残酷なことなのか。俺は全くわかっていなかった。
やめてくれ、という言葉を俺は何度ものみこんだ。
それを言ったら最後、ロアは男たちを殺してしまうだろうから。
あぁ、なるほど、と俺はようやくわかった気がした。
ロアはずっと、本物の戦場で生きてきたのだろう。俺となにもかも違う倫理観を背負いながら。
それでも俺がここまでロアと一緒に戦えたのは、彼なりに俺の倫理観に合わせてくれたから。
だから、クロフォルの葉なんて搦め手を使ったし、わざわざ殺していいかどうか確認してくれたのだ。
そして目の前のこれも、ロアなりに俺の倫理観に合わせてくれた結果なのだ。
全ては、俺が自分の夢を諦めたくないという個人的な望みのために。
俺は一瞬たりとも目を逸らさず、敵を切り刻むロアの背中をみつめていた。
閃く剣、飛び散る血しぶき、男たちの哀願。
これが、俺の夢を叶えるための代償なのだと思いながら。
最後に一人、立っていたのは、後方のエリンをのぞけば、アランただ一人。
剣を構えてはいるものの、折れた剣先は震えていた。
「あ、あなたは、まさか本当に暁の……」
「それは違う。断固違う」
アランの言葉を、ロアが即全否定した。
「降参しろ、レッドハンズのリーダー。これ以上、苦しみたくなければな」
「いやだっ! 絶対に嫌です! こんなところで弱小クランに負けて転がり落ちるなんて!」
まるで子供のように、アランがロアに向かって叫びたてる。
大きな身体の駄々っ子のようで、痛々しい。
「あなたにはきっとわからない! 常に戦場で勝利して、成功して、昇りつめて、英雄と呼ばれて! そんな人には、俺たちの気持ちなんてわからない! ずっと、底辺ではいずりまわっていた、俺達なんか!」
うずくまっていた男たちが、アランの叫びに呼応するように、すすり泣き始めた。
「お頭……、すいません……」
「お頭は俺たちを、救ってくれたのに」
「俺達が、お頭の力になるって、約束したのに」
涙ながらの言葉に、アランが一喝した。
「お頭は、やめろ!! ちくしょう! 俺たちは絶対に勝つんだ!」
無謀にも、アランがロアに斬りかかる。
すぐに弾かれ、弧を描いてアランの剣が飛んだ。
膝をつき、悔し気に地面を叩くアランの首筋に、ロアが切っ先を突き付ける。
「お前たち、元は賊かなにかなのだろう? 剣筋が、昔の俺とよく似ている」
「昔の、俺……?」
呆けたように見上げるアレンに、ロアは静かに語り掛ける。
「ただ、俺と違って、お前は賢い。自分の立場にあった服装も、言葉遣いも、所作も、全部学んだのだろう? 仲間のために。俺は、それはやらなかった。だから結局、武ではないところで負けて、このザマだ」
ロアの剣先がアランの首に薄く食い込む。
細い血の筋が剣を伝い、大地に滴る。
今にも、アランの首を斬り飛ばしそうな気迫がそこには満ちていた。
「生きろ、アラン。自身を、誇れ」
剣を首につきつけられたまま、まっすぐアランはロアを見上げた。
そこには、恨みも憎しみも、憧れすらもない。ただ、まぶしげにロアを見つめているのだった。
「レッドハンズは……降参します」
こうして、クラン『晴れのち曇り』は、初めてのクランバトルで勝利をおさめたのだった。




